国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

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解説(上) 二国間免責協定(BIA)に関する公式Q&A(2002.09.03)

 以下は、2002年にニューヨークに本部を置くCICC(国際刑事裁判所を求めるNGO連合)がWEB上に公開したBIA(Bilateral Immunity Agreement=二国間免責協定:通称「98条協定」)に関する公式Q&A(05年度版の最新原典PDF)の報道資料の全訳で、同年ヤフー掲示板で公開したものを再編集・修正したものです。
 また、05年8月にこの資料の改訂版が出されていますので(翻訳はまだ行っていません)、後に補足として05年度の差分箇所を追加して提示します。

Q&A

2002年9月3日

米国の「98条協定」について(前編)

 

 発足したばかりの国際刑事裁判所(以下、ICC)の訴追から米国市民を守る二国間条約、いわゆる「98条協定」を締結するために、米政府関係者が世界中の首都を駆け回っています。著名な法律家たちが「免責協定」と批判するこの二国間条約を署名することで、条約の当事国はいずれも、(当該国の国籍保有者であるかどうかに限らず)現役であるか退官後であるかを問わず政府、軍事及びその他関係者をICCの管轄にさらすことがなくなります。
 多くの法律家や政府関係者、そしてNGO関係者は、「国際刑事裁判所設立のためのローマ条約」(以下、ローマ規程)における第98条が、二国間協定の締結を想起するという米国政府の解釈*1は不当だとしています。さらに専門家たちは、ローマ規程を批准した締約国がこのような協定を結ぶということは、国際法上の責任の不履行となるとしています。

(Q1)なぜ米国は98条協定を結ぼうとしているのか?

 ICCの管轄から自国民を免責しようと努めてきた米国にとって、98条協定と言われる条約の締結に奔走するのはごく当然のことです。米国は、ICCが米国に対し政治的な目的を持った訴追を行う国際的な土壌となることを懸念しているのです。しかし、そうした懸念を払拭するために、ローマ規程には多くの工夫が施されています。  1995年から2000年まで、米国政府はICCの設立を支持していました。しかし、それは安保理による管理が盛り込まれるか、米将兵および米国民に対する免責権が保証されたらの話でした。2001年には現ブッシュ政権ICC準備会合への参加を停止し、2002年5月6日には公式にクリントン政権によるローマ規程の署名を無効と宣言しました。
 米戦争犯罪問題全権大使リチャード・プロスパー氏は、米国はICCに賛同する国家を尊重し、それらに対して宣戦布告するようなことはないと主張していますが、米国はその宣言以来、ローマ規程及びその賛同国に対して多面的な戦略を展開しています。
 今年の6月、米国政府は米兵士に対する免責権を認める決議が採択されない限り、国連PKOをすべて打ち切るという脅迫にも似た行為に及びました。そして7月12日には、国連PKOに関わる非締約国の政府・軍事関係者に対する訴追を1年間猶予するという年毎に更新可能な安保理決議を通しました。
 この決議が採択されてしまったのは、120カ国にも及ぶ国々の代表やアナン国連事務総長から寄せられた「このような決議の採択は国際法国連憲章やローマ規程に違反する」という抗議の声にもかかわらず、米国が各国政府の上層部に対する強烈な圧力を決して緩めなかったからです。
 このような外交的勝利を収めたのにもかかわらず、米政府関係者は世界規模で米国との二国間刑事免責協定の締結を推進して、国家間レベルでICCの管轄権からの永久的な免責権を確保しようと奔走しているのです。

(Q2)米国が締結を推進する「98条協定」とは?

 今日に至るまで、様々な形式でこの二国間協定は提示されてきました。これらの形式は、締結対象国がローマ規程の批准国であるか否かによって異なっています。大別すると、条約に同意する両国が双方の事前の合意なしでは様々な定義の個人をICCに引き渡さないとする「相互的」なバージョンと、米国からの同意があって初めてICCに米国籍保有の"個人"を引き渡せるという「非相互的」なバージョンがあります。  この大別の中で、「非相互的」なものに当たるバージョンでは、ローマ規程を署名も批准もしていない国に対しては、第三国によるICC引渡しの協力要請も断ることを義務付けるというパラグラフが挿入されている協定もあります。

(Q3)なぜ専門家は二国間条約が国際法に反すると主張するのか?

 政府、法律及びNGOの専門家の多くが、米国の推進する二国間条約は次の理由で国際法やローマ規程に反すると主張しています。

──米国の98条の解釈は、ICCの本来の目的に反する
 米国政府のいわゆる「98条協定」は、個人や個人の集団に対してICCからの免責権を与えることを主眼に構築されている。また、協定では米国がそのような国際犯罪を自ら捜査・訴追することが保証されていない。
 米国の「98条協定」が掲げる目的は、ICCの本来の目的に反する。すなわち、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪など国際的に重大な犯罪に対して、国内での訴追がまったく不可能またはその意志がない場合は、国際的な司法機関によって捜査や訴追が補完されることを保証するという目的である。
 この国際機関に国際社会の広範な支持があるという事実は、ローマ規程を139もの国々が署名し、そのうち78カ国(訳注:06年1月度現在は100カ国)が批准しているということが指し示している。第98条は、送致国が国内法による司法措置を"とらなかった場合"にICCが訴追を行う可能性を除外する目的で盛り込まれたのではない。実際、規程の第27条は、規程に定める犯罪を免責される者はないとしている。
 
──米国の「98条協定」はローマ規程の起草者たちの意図に反する
 第98条の起草に関わった各国の関係者たちは、「98条協定」が新たな協定の締結を認めてるわけではなく、既存の協定あるいは前例に准じた新たな協定(SOFA--軍事地位協定など)との法的矛盾の回避を想定していると指摘する。
 
──米国の「98条協定」はローマ規程の文言に反する

 米国の「98条協定」は、条文の第2項から「送致国」の概念を消し去ることにより、条文の文言を変えんとしている。98条(2)では、SOFA(軍事地位協定)、SOMA(軍事作戦協定)及び類似の協定が対象とされている。SOFAやSOMAは他国に派遣された"限られた職階の個人"に関する役割分担を明文化し、これらの人間によって行われた犯罪の取扱いについて規定するものである。
 しかし、米国の提示する「98条協定」は、SOFAやSOMA協定の従来の送致国・受入国関係に定められる規定とは関係なく、広範囲な職階の"個人"に対する免責を保証せんとするものである。この広範囲な職階の個人とは、協定の締約国の領域内で発見された人物で、米国政府で現在働いているかまたは働いていた経歴を持つすべての個人を意味する。各国政府の法律専門家は、すなわちこれには米国籍を持たない者も含まれる可能性が多分にあり、さらに領域内に住む締約国の国民をも含む可能性があるため、結果的にその締約国が自国民に対する法的責任を遂行できなくなることを意味すると主張する。

後編に続く

*1:ローマ規程の第98条についてはコチラで別途条文を交えて解説しています。