国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

人間の安全保障の発展に貢献する日本と世界の道筋と行く末を見つめます。

情報:国連拷問禁止委員会での上田人権人道大使の発言をめぐる論考・報道・情報総合ポータルⅠ(※転載歓迎)

概要 - Overview -

2013年5月21日~22日の間、日弁連の代表団がスイス・ジュネーヴで行われた国連の第50回拷問禁止委員会(Committee Against Torture:CAT)に出席した。その代表団の一人、小池振一郎弁護士が、委員会で行われた日本政府代表団団長上田秀明人権人道大使の問題のある発言を自身のブログに記載した際、瞬く間に話題となり、後発で一部新聞及びネットメディアでも報道された。国際刑事司法の発展に関わってきた市民社会の人間として、この問題を個人の資質の問題で済ませないため、私がこの問題の核心であると捉える日本政府の以下の3つの問題と、国会での行動についてツイッター上でコメントし、複数のまとめを作成した。
  1. 国際人権・人道課題に対する基本姿勢の問題
  2. 国際人権・人道課題に対する方針の問題
  3. 国内刑事司法の現実的課題の問題
  4. 責任追及を行う国会質疑が行われた事実の指摘

これらのまとめは後に、それぞれ「完全版」としてブログにも掲載された。
本総合ポータルは、これらのブログ、報道、基本情報等の関連情報を集約したものである。

Ⅰ. 論考ブログ  - Blogs, Tweet compilations - 

  1. 日本の人権外交の ①基本姿勢の問題  ⇒ ツイッターまとめ(コメント1) + 英語版(EN)
  2. 日本の人権外交の ②方針の問題     ⇒ ツイッターまとめ(コメント2) + 反応まとめ
  3. 刑事司法が抱える  ③現実的課題の問題 ⇒ ツイッターまとめ
  4. 暴言責任を追求する④国会質疑の事実  ⇒ ツイッターまとめ + 概要編 & 主張編

Ⅱ. 各種報道(時系列) - National/Foreign Media Reports -

  1. 【06-04】 日刊ゲンダイ 国連でブチ切れ「人権人道大使」は何者?
  2. 【06-05】 東京新聞 政府代表、国連で「笑うな、黙れ」
  3. 【06-10】 ロケットニュース 【動画】日本の人権人道大使が国連委員会で激怒 「笑うな! 黙れ!」と怒りを爆発させる
  4. 【06-10】 J-CASTニュース 「シャラップ!」国連委で日本代表大暴言 人権問題追及にブチギレた「お粗末やりとり」
  5. 【06-10】 ガジェット通信 上田人権人道大使「シャラップ!」連呼の公式映像が配信されていた
  6. 【06-11】 ハフィントンポスト日本版 上田秀明大使、国連で「シャラップ!」
  7. 【06-11】 GREEニュース 日本の「人権人道担当大使」が国際的な場でブチ切れ波紋
  8. 【06-11】 Wireless Wire News シャラップ上田様事件は学びの宝庫
  9. 【06-12】 アル・ジャジーラ 'Shut up' gaffe exposes envoy to criticism(英)
  10. 【06-12】 JDP Criticism mounts after Japan’s human rights envoy shouts ‘shut up!’ at UN meeting英)
  11. 【06-12】 バンコクポスト Storm after Japan UN diplomat shouts 'shut up'英)
  12. 【06-12】 印ジャグランポスト Japan’s UN diplomat faces calls to quit for shouting at fellow diplomats(英)
  13. 【06-13】 TomoNews 国連で大暴言 日本大使に批判
  14. 【06-13】 AFP通信 Japan's U.N. envoy under fire for telling other diplomats to shut up (英)(
  15. 【06-13】 ジャパンタイムズ:オピニオン Medieval standard of decorum(英)
  16. 【06-13】 聯合新聞網 日特使聯合國咆哮 網路全球放送(中)
  17. 【06-13】 新華社通信 日本の人権人道大使が国連で「シャラップ!」、「日本は人権先進国」発言で嘲笑受け 
  18. 【06-13】 UKメトロ Japanese diplomat tells United Nations meeting to ‘shut up’ after being laughed at(英) 
  19. 【06-13】 英テレグラフ Japan's envoy to UN tells fellow diplomats to shut up(英) 
  20. 【06-13】 イラン・イスラム共和国放送(IRIBラジオ)日本語 上田人道人権大使が、辞任の危機 
  21. 【06-14】 06:33 共同通信 日本の人権大使が国連で暴言 「シャラップ
  22. 【06-14】 07:25 NHKニュース 国連で日本大使「黙れ」発言に波紋
  23. 【06-14】 08:14 産経ニュース 国連で「シャラップ」日本の人権大使、場内の嘲笑に叫ぶ
  24. 【06-14】 10:18 毎日新聞 日本の人権大使:国連で「シャラップ」と大声
  25. 【06-14】 10:30 サーチナ 日本の国連大使「黙れ」発言、ネット民も「老害」と激怒=中国報道
  26. 【06-14】 11:00 日本経済新聞 国連で「シャラップ」 日本の人権大使、対日審査で発言
  27. 【06-14】 13:40 NHKニュース 外相 日本の立場 丁寧に説明を
  28. 【06-14】 17:22 TBS Newsi 外相 日本の立場 丁寧に説明を
  29. 【06-14】 19:31 時事通信 日本の大使が「シャラップ!」=国連拷問禁止委で暴言
  30. 【06-14】 22:45 読売新聞 日本の人権大使、国連委員会で苦笑に「黙れ」
  31. 【06-15】 02:20 読売テレビ 日本の人権大使、国連の会合で「黙れ!
  32. 【06-15】 02:20 日本テレビ 日本の人権大使、国連の会合で「黙れ!
  33. 【06-15】 05:02 サンケイスポーツ 日本人権大使ブチ切れ!国連で暴言「シャラップ」

Ⅲ. 各種基本情報 - Basic Information -

1a.外務省上田秀明人道人権大使略歴(外務省プロフィール訳)
Official profile of Hideaki Ueda, Ambassador in Charge of Human Rights and Humanitarian Affairs

1967(日本)外務省入省
1991-1992(米国)在アメリカ合衆国日本国大使館参事官
1995-1998(香港)在香港日本国総領事総領事
1998-2000(日本)国際社会協力局部長
2000-2003波蘭)在ポーランド共和国日本国全権大使
2004-2007(豪州)在オーストラリア日本国全権大使
2008-(日本)人権人道担当大使

1b.京都産業大学上田秀明法学部客員教授プロフィール
Official profile of Prof. Hideaki Ueda as Visiting Professor at Kyoto Sangyo Univeristy

2.動画1(発言動画)
Video footage of the "shut up" scene



3.記録(非公式)
Informal records of UNOHCHR and NGOs
以下、05-22付OHCHR国連人権高等弁務官事務所ニュースリリース抜粋訳(※赤字が動画での言及部分)
Closing Remarks

HIDEAKI UEDA, Ambassador in charge of Human Rights and Humanitarian Affairs, Ministry of Foreign Affairs of Japan, expressed his thanks to the Committee and said that Japan was not in the Middle Ages but one of the most advanced countries in this field. There were shortcomings which Japan was trying to sincerely address. (日本は中世にある訳ではなく、この分野では最も進んだ国の一つである。不足している点はあるが真摯に取り組もうとしている。)The promotion and protection of human rights was a long process for each country and the discussion with the Committee today, in which Japan tried to answer questions in good faith, would enhance Japan’s cooperation with the international community.
__________
For use of the information media; not an official record

4.動画からの音声起こしテキスト+"好意的"翻訳
Transcript and 'friendly' translation of Ambassador's statement

Certainly, Japan is not in the middle age.
当然のことながら、日本は中世にある訳ではありません。

We are one of the most advanced country in this field...
我が国は、この分野において最も進んだ国の一つであり・・・

Don't laugh! Why are you are laughing?
Shut up!
笑うな!なぜ笑うんだ?
黙れ!


Shut up!
黙れ!

We are one of the most advanced country in this field. That is our proud.
我が国は、この分野において最も進んだ国の一つであり、これを誇りにしています。

Of course, there are still shortages, of course, shortcomings.
無論、不足はあります。無論、欠点はあります。

Every country has shortages and shortcomings, but we're trying our best to improve our situation.
どのような国にも不足や欠点はあります。しかし、我が国は我々の状況を改善しようと最善の努力をしています。

Ladies and gentlemen,

ご列席の皆様、

On behalf of a Japanese delegation, we express sincere gratitude to the members of the Committee...
日本政府代表団を代表しまして、委員会の皆様に心より感謝を申し上げるとともに・・・

To Part II


文責:国際刑事裁判所問題日本ネットワーク(JNICC)事務局長 勝見貴弘
Written and compiled by Takahiro Katsumi, Secretary General, Japanese Network for the ICC

※本総合ポータルに追加すべき情報があればコメント、FacebookあるいはTwitterにてご連絡ください。
If you have any additional information, please either comment below, post on Facebook or Twitter.

主張:上田人権人道大使の発言について報告した小池弁護士の真意と日本の刑事司法が抱える現実的課題(完全版)


【05/29】日弁連の代表団の1人である小池振一郎の弁護士の日誌ブログを発端に、ジュネーヴで行われた国連の拷問禁止委員会で行われた現役の人権人道大使の問題発言は瞬く間にネットを駆け巡り話題となった。この記事執筆時点で、日刊ゲンダイ東京新聞ロケットニュースJ-CASTニュースガジェット通信など(掲載順)5つの一部メディアにも取り上げられたが、小池氏本人は一部メディアにおけるその“取り上げられ方”に困惑していた。【06/08】小池氏はそのジレンマを再びブログに掲載したが、今回は一向に注目を浴びていない。同じ「畑」を歩む人間としてこのフォロー記事に対してフォローのコメントを行い、これをまとめた。以下は、そのまとめをブログ形式に改めて再編したものである。(※転載歓迎)
弁護士が再び問う、日本の刑事司法が抱える現実的課題

  • 小池氏が伝えたかったキーワード:「日本の国際刑事司法は「中世」か
【6/8】小池弁護士がフォローアップのブログを書いた。そのことについてフォローすることが重要と考える。私も小池氏同様、上田大使の発言の内容よりも、そのような発言をさせた背景に注目してこれまで持論を展開してきたつもりだからだ。

渦中の小池弁護士が8日にUPしたこのフォロー記事は、ほとんど人の目に触れていないようだ。だがそこには、弁護士として伝えたかった本質が伝わっていないことへのジレンマが滲み出ていた。私がこのフォローアップ記事の存在を知ったのも、実はつい先ほどロケットニュースの記事で、情報の出典として記載があったのを見つけたからだ。このスカスカの報道内容にも、小池氏はきっと困惑することだろう。

小池氏はフォロー記事ではっきりと、こう述べている。

いちばん伝えたかったことは、日本の刑事司法は「中世」か、というキーワードだった。

つまり、日本の刑事司法は現実、モーリシャス委員の指摘の通りということ。これを強調したいのだ。
モーリシャス判事の指摘が"medieval"だったのか"Middle Ages"だったのか、一番最初の情報源であった小池氏のブログが日本語で「中世」になっており、氏がそのことにフォーカスしたので私も当初のまとめ・ブログでその観点から日本の人権外交の問題点を指摘したつもりだった。

  • 小池氏がもっとも訴えたかったこと:日本の取調べが前時代的であること
小池氏は記事で、こうも述べている。

私が最も言いたいことは、日本では、未だに、取調べへの弁護人の立会が実現していないことと、連日長時間にわたる取調べがいまも普通に行われていること。

これは、日弁連が現在活動のテーマとしていることであるから、代表団としては当然の認識だと言える。

この「取調べの可視化」問題について日弁連は、だいぶ前から取り組んでいる。私自身、日弁連主催の国際シンポに参加したことがあるのでその内容を承知している。当時の所感も掲載してある。また現在も日弁連は「取調べの可視化」を中核的なテーマとして捉え、国内外で啓蒙活動に取り組んでいる。ただその広報があまりなされていない。なぜか日本の団体は広報が下手だ。

  • 具体例を挙げて日本の「中世」的な刑事司法の現実を訴える
小池氏はこの日弁連の取り組む中核的なテーマを取り上げながら、「東電OL事件」などの具体例に言及していく。また自身が担当した事件についても、被疑者が夜遅くまで取調べられた実態について詳述し、こう結んでいる。

東電OL事件では、被告人と同居していた同じネパール人が2か月近く連日「任意」で取調べられた。午前3時まで取調べられ、その後午前7時から取調べが再開されたこともあった。私が最近担当した事件では、逮捕された夜遅くまで取調べられ、仮眠をとった後、午前3時50分から5時10分まで再び取調べられている。異常だ。前近代的(まさに「中世」か)刑事司法といっても過言ではない。

小池氏が最初のブログで述べたかったことは、アフリカの判事に指摘されるまでもなく、日本の刑事司法は「中世的」であり、またそのことで失笑を買った今回の上田人権人道大使の発言の問題が意味することは、そのことが「日本の官僚司法家にはわかっていない」ことの象徴だということなのだ。
  • 最後に、日本の現代刑事司法の具体的課題に言及
そして、フォロー記事の最後で小池氏は、まさに「中世的」としかいいようがない現代の日本の国際刑事司法の現状を例示する。「取調べに過度に依存した日本の刑事司法は時代の流れとかい離したものであり、根本から改める必要がある」(2011年3月検察の在り方検討会議提言)という反省から設置されたはず法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」についてこう評価する。

弁護人の立会は先送りされ、取調べ時間の規制については一言も触れられていない。何とも時代遅れな構想であり、マスコミがなぜ批判しないのか、不思議でならない。基本構想は撤回して、一から出直すべきだ。

これは、小池氏の共著『えん罪原因を調査せよ』(勁草書房)からの引用だそうだ。

なぜ、弁護士でもない私が小池氏のフォローをしているのかわからないが、「誰もやらないから」としか形容しようがない。仮にも国際刑事司法の発展に関わってきた者だからこそ、同じ「畑」の人の切実な思いをなんとか届けたいと思ったのだろう。これで小池氏の無念が少し晴らされればと願う。

  • メディアにも責任の一端がある
マスコミ含め、日本での各種情報は「慰安婦問題について国連にまで口出されている」というアングルに固定されていおり、その実態は、日本の現実的かつ現代的課題を国連に指摘されている事実を右も左も国内のメディアがロクに伝えようとしていない。報道の本質を見誤っているから、こういう事態になる。

実際、今回のこの【06/05付】の東京新聞の報道だって、本質を捉えていない。 小池氏は【06/08付】のブログで東京新聞の取材を受けたと書いている。その結果がコレでは、まさに報道の名が廃るというものだ。

先日、東京新聞の取材を1時間ほど受け、その大半は刑事司法について語ったのだが、翌日の6月5日付朝刊は、「国連で日本政府代表『笑うな、黙れ』」の大見出しとなってしまった。

私が当初から一貫して、小池氏のブログと外部の公式ソースのみに頼り、報道を一切参照せずただ参考として掲載した背景にはそういう報道のあり方への警戒と独自評価がある。そして、後発でやっと報道されたと思ったら思った通り。殆どが発言問題のみにフォーカスしたセンセーショナルな記事に成り下がってる。
当然ながら、中にはセンセーショナルな部分を極力抑え、社会に訴える姿勢を維持する良質な記事もある。「センセーショナル」組の『ロケットニュース』の報道から約9時間遅れでUPされた、市民メディアとして躍進著しい『ガジェット通信』がそれである。そのタイトルこそ、一見すると「センセーショナル」の誹りを免れないが、コンテンツが慎重に“配分されている”ことが窺える。
その真摯な姿勢は、記事の結びの文にも表れている。

かねてからの懸案である取り調べの全面可視化は一向に進まず、拷問禁止条約批准当初から一貫して廃止を求められている代用監獄(代用刑事施設)も依然として維持され続けているなど日本の人権状況は上田大使が強弁して失笑を買った「世界最先端の人権先進国」にはほど遠い状況と言わざるを得ません。政府はこの事件を単なる“外交上の失態”で終わらせるのではなく、警察・検察や法務官僚の抵抗に遭っても公務員の人権侵害を無くす決意のもと堂々と「世界最先端の人権先進国」と言えるような刑事司法制度の確立に向け努力して欲しいものです。


日本の刑事司法がいっこうに改善されない背景には、日弁連の力不足(広報力不足)も当然あるだろうが、こうした良質の市民メディアとは事なり、その広報や社会への啓蒙・啓発を行わないマスメディアの責任も多分にある。本来ならこうした社会勢力は手に手を取り合い、共同戦線を張って社会の発展と向上に努めるべきなのだから。

しかし、それは所詮、現代日本社会においては理想論なのかもしれない。


国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
事務局長 勝見貴弘

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国連:拷問禁止委員会での上田人権人道大使の発言の背景にある、日本の人権外交の実像(完全版)

国連の拷問禁止委員会の場で行われた人権人道大使の発言の背景に、日本政府の国際人権・人道課題に対する「基本姿勢」に問題があるということは、前回の記事で指摘した。しかし実はもっと掘り下げると、単なる「姿勢」ではなく「方針」の問題であることを、今回あらためてツイッター上でコメントし、これもまとめた。 以下は、そのまとめをブログ形式に改めて再編+追記したものである。(※転載歓迎)
日本の前時代的な人権外交を支える「人権人道大使」の実像

  • 「人権人道大使」に期待される役割
前のコラム(コメント1)について、ある方がこのように簡潔に要点をまとめて下さった。

上田人権人道大使の発言の背景の問題は3つある。
  1. 実態としての人権問題
  2. 人権外交についての姿勢の問題(上田大使の選任の背景も含めて)
  3. 上田大使の素養問題。
だが、上田大使の件には実はもう1つ、コラムでもブログでも詳しくまとめずに書いていた4つめの問題がある。この問題の一部に、ヒューマン・ライツ・ナウ事務局長の伊藤和子さんも話題となったブログで触れているが、それはそもそも「人権人道大使」という役職ができた背景にある。

「人権人道大使」という役職が第一次安倍内閣の時代に創設され、その初代大使が故・齋賀国際刑事裁判所判事であったことは前回も述べた通りだ。しかし創設された理由は、日本の人権外交を「推進」するためではなく、これを「擁護」するためだ。即ち、人権人道大使は人権人道スポークスマンなのだ。

「人権人道大使」の職務は、日本が人権上問題を指摘されている課題について、これを擁護し日本の人権外交の正当性を知らしめることにある。即ち上田大使は日本が議題となった国連の拷問禁止委員会において、日本政府の立場を擁護する任務を負っていた。

ここに日本の人権外交姿勢の最大の問題がある。

  • 世界が期待した日本の人権外交への目覚め
国連の条約機構としての専門委員会は、様々な課題についてその問題を討議する国連という多国間フォーラムにおける”小フォーラム”という位置づけにある。つまり、自国の政策の正当性を訴える場ではなく、「国際的な課題について意見交換を行い、対策を練るための場」なのである。これに参画している認識が日本側にはまるでないところが、世界はそうは見なかった。「日本がやっと人権問題に”集中的に”取り組む役職を作った。これで日本と人権に関する集中論議ができる」と、国際社会はその新しい役職が果たす役割に期待したのだ。 

日本政府の意識は国際社会の「常識的」な見方から全く乖離していたのである。

前回紹介した外務省資料を見てのとおり、日本は2005年頃から人権外交に力を入れ始め、2007年に初めて全権大使として人権と人道を併せて担当する現在の役職が作られた。当初の目的は、北朝鮮拉致問題への対応だった。拉致を強制失踪として国際社会に訴えるスポークスマンが必要だったのだ。この点について、前任者の故・斎賀氏は見事その役割を果たした。北朝鮮を強制失踪の罪で国際刑事裁判所に提訴することを真剣に検討していたのである。(参考まとめ

  • 「人権人道大使」の人権関連会議への出席は適材適所なのか
さて、国際社会からは、「人権人道大使」の役割は、「世界の人権潮流に歩調を合わせ、知見を共有し、世界の人権状況の改善に貢献することを担当する大使」であると見られていた。ところが、日本は自国の人権状況に関する擁護姿勢しか見せない。挙げ句には自国の正当性を喧伝する場に委員会を利用する始末である。これでは国際社会と協調していることにはならない。自国の利益のみを追求する一国主義的な外交姿勢である。

狭い意味での国益を重視する者からすれば慰安婦問題などで自国の正当性を主張する役職は必要であると単純に考え、「人権人道大使」が果たすスポークスマンとしての役割を支持するだろう。しかし、広い意味国際協調を通じて日本に対する信頼を高めるという国益に、この役職は合致するだろうか。

言い方を変えてみよう。「人権人道大使」が日本の人権状況を擁護するため”だけ”に創設された役職ならば、その大使が世界の問題を話し合い改善を検討する委員会に参加するのは、適切な人材配置なのだろうか。もっと言えば、日本にそのための人材は存在するのだろうか。

否、日本には真に国際社会における人権問題を担当する大使は存在しないのだ。

  • 日本は、前時代的(中世的)な人権外交を捨てるべき
言葉を選ばずにいえば、日本の人権外交そのものが「やっつけ」である。自国の人権状況を擁護することしかせず、人権擁護において問題のある国には平気で経済支援を行い、またその国を擁護する。似たような国が集まる「中世クラブ」の代表スポークスマンみたいなものと考えてよいのかもしれない。

そういう意味で、実は第一次安倍内閣による2008年の上田人権担当大使の任命は、皮肉にもまさに「適材適所」であるといえる。狭い国益を守るための「人権外交擁護」スポークスマンとしての役割を果たすのに、上田氏のような我の強い愛国心あふれる外交官まさに適任だったのだろう。

だが、今回の上田氏の失態は、その政府の思惑としては「適材適所」な人事の中でも最悪の人選ミスであることを示した。外交官としてのセンス、儀礼をわきまえた国際良識、致命的な語学力など、どれをとってもおよそ「スポークスマン」として役に立つ人材ではないことが明らかになった。

日本にはおよそ、自国の人権状況を擁護できる人材も、他国と協調して人権問題に取り組むことができる人材も存在しないのである。国際社会は日本の人権意識の向上に期待した。そして建設的に話し合うフォーラムの場を設けた。そのフォーラムの場で、我が国の代表は外交プロトコルを全て破った

アフリカ、モーリシャスの委員は、日本の刑事司法の現在について実に的確な指摘を行った。それに1つ、付け加えることがある。中世的(前時代的)なのは、刑事司法だけではない。日本外交そのものが前時代的なのであるこの時代錯誤の外交姿勢から脱しない限り、日本は国際社会の責任あるステイクホルダーとしてその地位を認められることはないだろう。我が国が、世界全体の安全保障という重責を担う国連安保理常任理事国入りはおろか、憲法前文にあるような”国際社会において名誉ある地位を占める”ことなど、夢のまた夢ということである。


国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
事務局長 勝見貴弘

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国連:拷問禁止委員会での上田人権人道大使の発言に見る、日本の人権外交の基本姿勢という問題の核心(完全版)

2013年5月21日~22日の間、日弁連の代表団がジュネーヴで行われた国連の拷問禁止委員会に出席した。その代表団の一人が、委員会で行われた現役の人権人道大使の問題のある発言をブログに記載し瞬く間に話題となり、後発で一部新聞でも報道された。国際刑事司法の発展に関わってきた市民社会の人間として、この問題を個人の資質の問題で済ませるわけにはいかない。その核心にある日本政府の国際人権・人道課題に対する基本姿勢の問題についてツイッター上でコメントし、まとめた英語版もある)。 以下は、そのまとめを、コメント欄も含めブログ形式に改めて再編したものである。(※転載歓迎)
  • イメージ 1
やや遅まきながら6月5日付けで掲載された東京新聞の記事(※執筆時点では電子版は掲載なし)

問題の発言を行った場面の動画(国連Webcastより)

Certainly, Japan is not in the middle age.
当然のことながら、日本は中世にある訳ではありません。

We are one of the most advanced country in this field...
我が国は、この分野において最も進んだ国の一つであり・・・

Don't laugh! Why are you are laughing?
Shut up!
笑うな!なぜ笑うんだ?
黙れ!


Shut up!
黙れ!

We are one of the most advanced country in this field. That is our proud.
我が国は、この分野において最も進んだ国の一つであり、これを誇りにしています。

Of course, there are still shortages, of course, shortcomings.
無論、不足はあります。無論、欠点はあります。

Every country has shortages and shortcomings, but we're trying our best to improve our situation.
どのような国にも不足や欠点はあります。しかし、我が国は我々の状況を改善しようと最善の努力をしています。

Ladies and gentlemen,

ご列席の皆様、

On behalf of a Japanese delegation, we express sincere gratitude to the members of the Committee...
日本政府代表団を代表しまして、委員会の皆様に心より感謝を申し上げるとともに・・・
動画からの音声起こしテキスト+好意的翻訳

日本の人権外交の基本姿勢という、問題の核心

  • 人としての過失で済む問題ではない
相田みつを氏の言葉ではないが、これは、「だって人間だもの」では済まされない問題だ。

国際社会は、日本社会ほど“お行儀のよい”社会ではない。失笑すべき内容の演説には失笑で応える。それが正当な評価でもある。その評価に対して、たとえ屈辱的でも自らが行った失笑に足る演説の内容の自覚をもって、ウィットの利いた皮肉という作法で返すくらいの器量が外交官には求められる。たとえば、「委員の具体的なご指摘については持ち帰って検討させていただきます。」と、まず失笑に耐えた上で応え、「他方、我が国の司法制度を「中世的」とされた点については誤認があると思われますので追って資料を送付させていただきます」と加えれば、完璧だった。

大使として「日本は人権先進国の一つだ」と宣う前に、一歩立ち止まって考えてみてほしい。
  • 福島の子どもたち避難の権利を考えてみてほしい
  • 広島や長崎の被爆への対応を考えてみてほしい
  • 水俣病など公害病訴訟で政府が何を訴えてきたか考えてみてほしい
  • そして、取調べの可視化の状況を考えてみてほしい
「いままさに人権人道大使として、これら人権・人道上の具体的な懸念(取調べの可視化の問題)を、自分より遥かに刑事司法について詳しいあるアフリカの国の法曹界に属する国連の委員(元判事)に指摘された。そこで、自分は国際社会への日本の使節団の代表として、どう振る舞うべきなのだろうか。」――これを、コンマ2秒くらいで考えるのが外交官の務めだ。そこを、コンマ1秒で「シャラップ」と逆上していては、理性がまるで追いつかない。

  • 上田氏の人道人権大使任命の経緯
ただ、人権人道大使という、“名目上の職責”(詳しくはこちらの伊藤和子氏のブログを参照)ではあるものの、故人である前任者の名誉のために補足しておくが、人権人道大使という仕事は、世界に日本の人権外交のありようを示すためには必要な仕事である。そしてこの仕事は、日本と国際刑事裁判所の関係とも深い関わりがある。

国際刑事司法による「法の支配」を目指す国際社会の潮流に圧され、日本政府は2007年、これまで“兼任”の担当業務でしかなかった人権人道問題大使を全権大使の地位に格上げした。こうして2008年、初めて日本に『人権人道大使』という肩書きが正式に生まれた

  • 初代人権人道大使退任の経緯
2005年、その前身として初代の人権担当大使に任命されたのが故・齋賀富美子駐ノルウェー国兼アイスランド国大使だった。斎賀氏はその後、とくに拉致問題を含む北朝鮮に関する人権問題等を担当し、国際刑事司法に関する知見を高めた。その2年後の2007年末、斎賀氏は国際刑事裁判所の初代日本人判事として指名され当選を果たす法曹界の人間でも裁判経験者でもない同氏を選出することには、国際市民社会から異論を持って迎えられた。

しかし日本には斎賀氏しか人材がいなかった。少なくとも、外務省にとっては。


しかし、この部署の仕事は激務だった。次から次に検討案件が舞い込んでくる。そして2009年3月、二度目の当選を果たした斎賀判事は急逝する。私自身、前職時代に斎賀判事とは何度かお会いしたことがあるが実直に仕事に取り組まれる方だった。 その姿勢については評価したい。だから、尚のこと、上田大使の短慮な言動には激しい怒りを覚える。

  • 上田大使の適性と外務省人事の問題
なぜか外務省の日本語版プロフィールがデッドリンクとなっているので公式な日本語プロフィールを紹介できないが、福田内閣時代に、その故・斎賀初代国際刑事裁判所判事の後任となったのが、今回、暴言が問題となった上田秀明人権人道大使である。上田大使のこれまでのプロフィールをざっと見る限り(実際、ざっと見れる程度しかないのだが)、法曹関係者ではない前任者と比べても、大使には人権・人道業務に関する実績が全くない。


1967(日本)外務省入省
1991-1992(米国)在アメリカ合衆国日本国大使館参事官
1995-1998(香港)在香港日本国総領事総領事
1998-2000(日本)国際社会協力局部長
2000-2003波蘭)在ポーランド共和国日本国全権大使
2004-2007(豪州)在オーストラリア日本国全権大使
2008-(日本)人権人道担当大使

また、外務省サイトで検索しても、そうした実績がないことは歴然している。

もうおわかりだと思うが、前任者の故・斎賀判事が第一次安倍内閣の時代、2007年の暮れに選出され、福田内閣時代の2008年の1月には判事に就任することになったため、福田内閣の下で後任者選びがほとんどやっつけで行われたのである。その結果、今回のような国際的失態を犯す人事となったのである。

外務省における人権・人道問題の位置付けがよくわかる事例となったと言える。

  • 二度目の判事指名でやっと軌道修正するも、それでも不満の声
さて、上田大使の前任者である斎賀判事の死後、空席となった判事の席もまた日本人判事が埋めることになる。2009年11月、判事死亡により補欠選挙が行われ、尾崎久仁子外務省参与が当選し、任期は9年間となった。尾崎判事は、公判を執り行う第一審裁判部に配属された。

この大臣談話を見てのとおり、やっと「刑事法分野及び人権・人道法分野の専門家」といえる人材を日本は国際刑事裁判所判事として任命することができた。それでも、日弁連国際刑事弁護士会(ICB:International Criminal Bar)などからは依然、不適格として不満の声が挙がった。

  • 問題の核心は、日本政府の国際人権・人道に対する基本姿勢
本来、国際司法機関に判事を指名するのであれば、それは国内の法曹界で要職を務めた人であるべき。国際司法裁判所については、国際法の基礎知識と判例を読み取る力があれば足りるかもしれないが、国際刑事司法を扱う国際刑事裁判所では全く違う次元の資格や知見が求められる。

国際刑事裁判所判事には「刑法や刑事訴訟法に関する知識・経験を有する裁判官」(リストA)と、「国際法に関する知識・経験を有する裁判官」(リストB)という判事の知識・経験別の選出の区分けがある。当然ながら、日本は常にリストBでしか輩出していない。

しかしこれは、日本の法曹界にとってみれば屈辱的なことである。まるで日本には刑法や刑事訴訟法に関する知識と経験を持つ人材がいないみたいではないか。しかし、違う。これは外務省がその人事権を掌握しているために起きている弊害なのである。日弁連にはICBの理事だっているのだから。

また単に人材を輩出できないことが問題ではない。

実効性のある国際刑事裁判所の設立を発展に寄与するという締約国の義務として、提供できる素地がありながら国の最良の人材を提供しないことは、「実効的かつ公正な国際刑事裁判所の創設を目指す」という、裁判所の設立理念に背く行為なのである。これが、我が国の国際刑事司法への貢献の程度であり、実態なのだ。

無論、中にはアジア周辺国のための司法開発協力(カンボジア特別法廷の設立支援及び人員派遣)など、実態のある貢献もなされている。またカンボジア特別法廷で上級審判事として選出された野口元郎検事は、日本が国際刑事裁判所に加盟する前、判事、検事など選挙で選任される幹部ポストと一般職員の双方で、その地位にふさわしい貢献をすることが求められる」と述べていた
。外務省には、斎賀判事や野口検事のように、こうした志のある人材は少なからずいる。

だが、今回の上田人権人道大使の問題の核心は、単に個人の資質の問題でもなければ、単に人事の問題でもない。
日本政府の国際人権・人道問題に対する基本的な姿勢の発露にあったのである。この姿勢が、適材適所でない人事を生み、上田大使のような人間を任命し、今回のような失態に至った最大の要因であり、核心なのである。

国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
事務局長 勝見貴弘

〔2013年〕国際刑事裁判所の発足後の現在(2013.10.29)

国連加盟国のICC締約国マップ(122/193カ国)      2013年10月現在

凡例:グリーン=加盟 オレンジ=未加入 グレー=未署名


【署名・批准状況】 (1) 
国際刑事裁判所規程 批准・加入122カ国/署名137カ国 →概要

最新の批准:コートジボワール(2013年2月15日)

【署名・批准状況】  (2)
APIC(ICC特権免除協定) 批准72カ国/署名62カ国 →概要

最新の批准:スイス(2012年09月25日)




【注目】改正ローマ規程の各条項への批准状況
2010年6月の規程再検討会議の結果、締約国会議はコンセンサス(総意)で以下の規程改正を採択しました。この中で、日本政府は侵略犯罪に関して規定する改正第8条他については諸処の理由から「コンセンサスには参加せず、ただしブロックもしない」という消極的な賛意を示すに留まりました。締約国会議はすべての改正条項について、それぞれ30カ国の批准で改正規程が発効することに合意しました。→詳細(外務省)


最新の批准:ウルグアイ(2013年9月26日)

改正案本文(英文) 批准14カ国/採択111カ国  →概要〔英語〕参考

最新の批准:ウルグアイ(2013年9月26日)


事態と案件







解説等

【国会向資料】 『国際刑事裁判所(ICC)と日本外交(外務省による国会議員向け資料)
【ビデオ講義】 国際刑事裁判所に関するABC (元外務省条約局国際法課課長・斎木尚子教授)
【キッズ向け】 国際刑事裁判所(ICC)と日本 for Kids!(ご家族皆様にわかりやすいように)
【ウィキ解説】 ウィキペディアでの国際刑事裁判所に関する詳細な説明(JNICC勝見が責任編集しております)


【作者紹介】 Yahoo!版 ミラー版
Last Updated 2013.06.18

【緊急告知】24日(土)映画『ニュルンベルク裁判』無料上映会のお知らせ(転載歓迎)

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国際刑事裁判所ICC)発足10周年記念イベント
映画『ニュルンベルク裁判:現代への教訓』
~現代国際司法の視点でニュルンベルクの功罪を再考する~
ジャパンプレミア東京上映会
 今年2012年は、国際刑事裁判所ICC)発足10周年の記念の年です。国際社会では国際刑事裁判所や国連をはじめ、多くの記念行事が行われています。
 ドキュメンタリー映画ニュルンベルク裁判:現代への教訓』は、1948年の誕生以来、日本を除く世界主要各国で上映されてきました。ICC発足10周年の今年、裁判の判決が言い渡された10月にドイツのニュルンベルク裁判所で記念上映がなされました。そして、11月。いよいよ日本の番となりました。
ICC発足から10年が経ち、様々な功罪についての研究がなされるなかで改めて国際刑事司法の祖となったニュルンベルク裁判の功罪を振り返ります。
 特別講師として米国務省ステファン・ラップ国際刑事司法担当無任所大使をお呼びし、さらに映画の修復版制作者、サンドラ・シュールバーグ女史にもコメントをいただきます。その上で、国内の専門家とラップ大使を交えてパネルディスカッションを行い、現代国際司法の視点でニュルンベルク裁判の功罪を再考します。
公式トレーラー(英語のみ)

開催地

東京

イベント日時

11月24日(土)15:00~18:00(開場14:00から)

場所

青山学院大学総研ビル(11階19会議室)
キャンパスマップはこちら

参加費

無料(※先着100名様)

プログラム

第一部■上映会(80分)
第二部■講演会(40分)
1. 基調講演:ステファン・ラップ大使
2. コメンタリー:サンドラ・シュールバーグ女史
第三部■討論会(60分)
・ステファン・ラップ(米国務省国際刑事司法担当無任所大使)
新倉 修青山学院大学法科大学院教授、モデレータ)
東澤 靖明治学院大学法科大学院法務職研究科教授)
竹村仁美愛知県立大学国語学部准教授)

 ・勝見貴弘(JNICC事務局長、総合司会)

言語

英語(但し映画は日本語字幕付き/講演会・討論会は逐日通訳付き)

お申込み・お問い合わせ

国際刑事裁判所問題日本ネットワーク『ニュルンベルク裁判:現代への教訓』上映会事務局
Eメール:jnicc_org_tk05@yahoo.co.jp
*件名に「上映会参加希望」と書き、氏名と肩書き(あれば)をお書きの上、上記のアドレス宛てでEメールにてお申し込みください。

主催

国際刑事裁判所問題日本ネットワーク(JNICC)

共催

後援

【動画】ファトゥ・ベンソーダ国際刑事裁判所(ICC)検察官の来日記者会見+質疑応答要約(2012.10.17)


FATOU B.BENSOUDA, Prosecutor, International Criminal Court

2012年6月15日に国際刑事裁判所の検察官に就任し初来日したベンソーダ検察官が
「平和と正義」の実現におけるICCの役割について話し、記者の質問に答えた。
司会 日本記者クラブ企画委員 杉田弘毅(共同通信
通訳 長井鞠子(サイマル・インターナショナル)
国際刑事裁判所(ICC)のホームページ
日本記者クラブのページ

追記:外務省総合案内ページ




ベンソーダ検察官との質疑応答部分(抜粋)

検察局のこれからの課題とは
Q:「次の9年間、前任者のオカンポ検察官とどのように違うのか。」―東京新聞ナカザワ氏
A:「第一に、オカンポはオカンポ。ベンソーダはベンソーダなので人間が違うのは当然です。オカンポ氏の着任時スタッフはわずか5名、事案はゼロでした。私は彼から300名のスタッフを引き継ぎ、7件の事案を抱え、15件の訴追を行い、29名が指名手配されています。すなわち私はオカンポ氏から完全に機能する局を引き継ぎました。また幸運なことに、私は殆どの政策、戦略、実務上の手続きなどが作られているその只中にいたので、私の今後の使命はこれらをより強化・確立することにあります。また私は検察局として直ちに取り組むべき次の4つの重点分野を特定しています。①性的犯罪の捜査と訴追。②ICCとアフリカの関係。③業務の質と効率の改善。④事案の継続・終了の予備審理の判断の改良です。」
ICCが抱える各事案の“難しさ”とは
Q:「担当された事案で一番難しいと思ったものがあれば、事例として一つ挙げていただきたい。」―個人会員のタカヤマ氏
A:「まず、あらゆる事案が複雑であるという認識が必要です。紛争中の事案が多いので独特の困難性が生まれます。例えばウガンダの場合、問題は言語の正確な翻訳・通訳の確保でした。ロジ面では政府の協力を得られたので助かりましたが、ダルフールの場合は政府の協力が得られませんでした。このようにそれぞれが独特の困難さを伴うのです。これらの問題の上に更に、継続中の紛争という問題がのしかかります。ダルフールコンゴ民主共和国などの場合です。したがって治安・安全上の懸念が、当局スタッフだけでなく証人や被害者にまで及ぶ場合があるのです。このように、状況が違えば状況に応じた困難さが生じるものであり、そもそもすべての事案が複雑なものなので、“どれが一番複雑か”とは、とても一概に言えることではないことをご理解いただければと思います。」
シリア情勢に対するスタンス
Q:「シリアが深刻な状況にあるが、こういう場合ICCはどういう関心を持って事態を見つめているのか。」―特別賛助会委員のイイクラ
A:「ICCはシリア情勢には介入できません。シリアは非締約国なのでICCは介入できないのです。非締約国であっても介入できるのは、①安保理による付託がある場合、②非締約国自身がICCの管轄権の受託宣言を行った場合のこの2点に限られます。前者(①)はダルフールリビアの事案、後者(②)はコートジボワールの事案に実際に適用されました。しかしシリアの場合はこれらいずれの条件も揃っていないため、ICCはシリアには介入できないのです。」
国際裁判制度誕生の地にいることの思い
Q:「世界で初めて国際法廷(東京裁判)が開かれた国においでになることに何か特別な思いというのはあるか。また広島にも行かれるそうだが、これは自発的なものなのか。またどういった思いで行かれるのか。」―朝日新聞のヨシダ氏
A:「史上初めて国際軍事法廷で開かれた国に来ることと、史上初めて[核兵器による]大量殺戮を味わった広島を訪れることは、私にとって象徴的意味を持つとともに、ICCの検察官としてひじょうに重要な意味合いを持ちます。ICC管轄犯罪を裁く任を負った者として、常設の国際軍事法廷を想起するきっかけとなった極東軍事裁判が行われた地に降り立ち、その常設国際法廷の10周年を祝う行事に参加していることは極めて重要かつ象徴的意味を持ちます。国際交流の観点だけでなく、今ここにいる事、広島に行くことは非常にシンボリックな意味合いを持っています。極東軍事裁判は、法の支配に基づき重大犯罪を裁く初めての試みで、その後ニュルンベルク裁判が続き、60年余りの時間をかけ、2つのジェノサイド、2つの国連設置その他シエラレオネ特別法廷の設置などを経て初めて、1998年にICC規程が起草され、現在私たちはその10周年を祝っている。これは国際社会の偉業だと思います。そして今日、私は、極東軍事裁判を経て行われた『過ちは繰り返さない』というあの誓いを、二度とあの惨禍を繰り返さないというあの誓いを、国際刑事裁判所ICC)が実現するものと切に願っております。」
日中情勢に対するスタンス
Q:「日中が色々問題を起こしているがどのよな感想をお持ちか。どのような視点で問題を見つめておられるのか。もう一つ、難しいお仕事をされている中で、日常生活の中でどのようなご趣味をお持ちなのか。」―個人会員のカトウ氏
A:「ICCの管轄犯罪という観点でいえば、ICC戦争犯罪、大量殺害犯罪(ジェノサイド)、人道に対する罪しか追求しない。これらの犯罪が進行中であるか、行われる可能性がある場合のみICCは問題に介入できます。この問題(日中の問題)の場合、ICCは日本に対して管轄権を持つが、中国は締約国ではない。また私の知る限りにおいて、中国により、日本において戦争犯罪や大量殺戮、人道に対する罪が犯されたという事実はありません。ただ、日本がICCの管轄下にあることは、ICCシステムの庇護下にあるということ。すなわち、これら犯罪が行われた場合は、行為者が誰であるかに関わらず、非締約国であっても、ICCの管轄下と見なされます。最後に私の趣味についですが、家族との時間を過ごすことが一番。あとは読書です。でも最近は、あまりこういう時間が持てていません。」