国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

人間の安全保障の発展に貢献する日本と世界の道筋と行く末を見つめます。

主張:上田人権人道大使の発言について報告した小池弁護士の真意と日本の刑事司法が抱える現実的課題(完全版)


【05/29】日弁連の代表団の1人である小池振一郎の弁護士の日誌ブログを発端に、ジュネーヴで行われた国連の拷問禁止委員会で行われた現役の人権人道大使の問題発言は瞬く間にネットを駆け巡り話題となった。この記事執筆時点で、日刊ゲンダイ東京新聞ロケットニュースJ-CASTニュースガジェット通信など(掲載順)5つの一部メディアにも取り上げられたが、小池氏本人は一部メディアにおけるその“取り上げられ方”に困惑していた。【06/08】小池氏はそのジレンマを再びブログに掲載したが、今回は一向に注目を浴びていない。同じ「畑」を歩む人間としてこのフォロー記事に対してフォローのコメントを行い、これをまとめた。以下は、そのまとめをブログ形式に改めて再編したものである。(※転載歓迎)
弁護士が再び問う、日本の刑事司法が抱える現実的課題

  • 小池氏が伝えたかったキーワード:「日本の国際刑事司法は「中世」か
【6/8】小池弁護士がフォローアップのブログを書いた。そのことについてフォローすることが重要と考える。私も小池氏同様、上田大使の発言の内容よりも、そのような発言をさせた背景に注目してこれまで持論を展開してきたつもりだからだ。

渦中の小池弁護士が8日にUPしたこのフォロー記事は、ほとんど人の目に触れていないようだ。だがそこには、弁護士として伝えたかった本質が伝わっていないことへのジレンマが滲み出ていた。私がこのフォローアップ記事の存在を知ったのも、実はつい先ほどロケットニュースの記事で、情報の出典として記載があったのを見つけたからだ。このスカスカの報道内容にも、小池氏はきっと困惑することだろう。

小池氏はフォロー記事ではっきりと、こう述べている。

いちばん伝えたかったことは、日本の刑事司法は「中世」か、というキーワードだった。

つまり、日本の刑事司法は現実、モーリシャス委員の指摘の通りということ。これを強調したいのだ。
モーリシャス判事の指摘が"medieval"だったのか"Middle Ages"だったのか、一番最初の情報源であった小池氏のブログが日本語で「中世」になっており、氏がそのことにフォーカスしたので私も当初のまとめ・ブログでその観点から日本の人権外交の問題点を指摘したつもりだった。

  • 小池氏がもっとも訴えたかったこと:日本の取調べが前時代的であること
小池氏は記事で、こうも述べている。

私が最も言いたいことは、日本では、未だに、取調べへの弁護人の立会が実現していないことと、連日長時間にわたる取調べがいまも普通に行われていること。

これは、日弁連が現在活動のテーマとしていることであるから、代表団としては当然の認識だと言える。

この「取調べの可視化」問題について日弁連は、だいぶ前から取り組んでいる。私自身、日弁連主催の国際シンポに参加したことがあるのでその内容を承知している。当時の所感も掲載してある。また現在も日弁連は「取調べの可視化」を中核的なテーマとして捉え、国内外で啓蒙活動に取り組んでいる。ただその広報があまりなされていない。なぜか日本の団体は広報が下手だ。

  • 具体例を挙げて日本の「中世」的な刑事司法の現実を訴える
小池氏はこの日弁連の取り組む中核的なテーマを取り上げながら、「東電OL事件」などの具体例に言及していく。また自身が担当した事件についても、被疑者が夜遅くまで取調べられた実態について詳述し、こう結んでいる。

東電OL事件では、被告人と同居していた同じネパール人が2か月近く連日「任意」で取調べられた。午前3時まで取調べられ、その後午前7時から取調べが再開されたこともあった。私が最近担当した事件では、逮捕された夜遅くまで取調べられ、仮眠をとった後、午前3時50分から5時10分まで再び取調べられている。異常だ。前近代的(まさに「中世」か)刑事司法といっても過言ではない。

小池氏が最初のブログで述べたかったことは、アフリカの判事に指摘されるまでもなく、日本の刑事司法は「中世的」であり、またそのことで失笑を買った今回の上田人権人道大使の発言の問題が意味することは、そのことが「日本の官僚司法家にはわかっていない」ことの象徴だということなのだ。
  • 最後に、日本の現代刑事司法の具体的課題に言及
そして、フォロー記事の最後で小池氏は、まさに「中世的」としかいいようがない現代の日本の国際刑事司法の現状を例示する。「取調べに過度に依存した日本の刑事司法は時代の流れとかい離したものであり、根本から改める必要がある」(2011年3月検察の在り方検討会議提言)という反省から設置されたはず法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」についてこう評価する。

弁護人の立会は先送りされ、取調べ時間の規制については一言も触れられていない。何とも時代遅れな構想であり、マスコミがなぜ批判しないのか、不思議でならない。基本構想は撤回して、一から出直すべきだ。

これは、小池氏の共著『えん罪原因を調査せよ』(勁草書房)からの引用だそうだ。

なぜ、弁護士でもない私が小池氏のフォローをしているのかわからないが、「誰もやらないから」としか形容しようがない。仮にも国際刑事司法の発展に関わってきた者だからこそ、同じ「畑」の人の切実な思いをなんとか届けたいと思ったのだろう。これで小池氏の無念が少し晴らされればと願う。

  • メディアにも責任の一端がある
マスコミ含め、日本での各種情報は「慰安婦問題について国連にまで口出されている」というアングルに固定されていおり、その実態は、日本の現実的かつ現代的課題を国連に指摘されている事実を右も左も国内のメディアがロクに伝えようとしていない。報道の本質を見誤っているから、こういう事態になる。

実際、今回のこの【06/05付】の東京新聞の報道だって、本質を捉えていない。 小池氏は【06/08付】のブログで東京新聞の取材を受けたと書いている。その結果がコレでは、まさに報道の名が廃るというものだ。

先日、東京新聞の取材を1時間ほど受け、その大半は刑事司法について語ったのだが、翌日の6月5日付朝刊は、「国連で日本政府代表『笑うな、黙れ』」の大見出しとなってしまった。

私が当初から一貫して、小池氏のブログと外部の公式ソースのみに頼り、報道を一切参照せずただ参考として掲載した背景にはそういう報道のあり方への警戒と独自評価がある。そして、後発でやっと報道されたと思ったら思った通り。殆どが発言問題のみにフォーカスしたセンセーショナルな記事に成り下がってる。
当然ながら、中にはセンセーショナルな部分を極力抑え、社会に訴える姿勢を維持する良質な記事もある。「センセーショナル」組の『ロケットニュース』の報道から約9時間遅れでUPされた、市民メディアとして躍進著しい『ガジェット通信』がそれである。そのタイトルこそ、一見すると「センセーショナル」の誹りを免れないが、コンテンツが慎重に“配分されている”ことが窺える。
その真摯な姿勢は、記事の結びの文にも表れている。

かねてからの懸案である取り調べの全面可視化は一向に進まず、拷問禁止条約批准当初から一貫して廃止を求められている代用監獄(代用刑事施設)も依然として維持され続けているなど日本の人権状況は上田大使が強弁して失笑を買った「世界最先端の人権先進国」にはほど遠い状況と言わざるを得ません。政府はこの事件を単なる“外交上の失態”で終わらせるのではなく、警察・検察や法務官僚の抵抗に遭っても公務員の人権侵害を無くす決意のもと堂々と「世界最先端の人権先進国」と言えるような刑事司法制度の確立に向け努力して欲しいものです。


日本の刑事司法がいっこうに改善されない背景には、日弁連の力不足(広報力不足)も当然あるだろうが、こうした良質の市民メディアとは事なり、その広報や社会への啓蒙・啓発を行わないマスメディアの責任も多分にある。本来ならこうした社会勢力は手に手を取り合い、共同戦線を張って社会の発展と向上に努めるべきなのだから。

しかし、それは所詮、現代日本社会においては理想論なのかもしれない。


国際刑事裁判所問題日本ネットワーク
事務局長 勝見貴弘

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