国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

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【オーストラリア】活動家らが前首相の訴追書類を国際刑事裁判所に送付

シドニー 3日)AFP通信によると、最近政権交代を実現したばかりのオーストラリアでは、弁護士、学者、政治家から構成される一部活動家のグループにより「ハワード前首相を戦争犯罪で訴追する構え」が表面化しているそうです。オーストラリア放送協会(ABC)によれば、イラク侵攻へのオーストラリア軍部隊の派遣について、ハワード前首相の戦争犯罪を問う訴追準備書類が国際刑事裁判所(ICC)に送られているとのこと。

補完性の原則の問題

しかし、これは民間による訴追案件なので、ICCとしては事態を検討・精査することはできても、国家による付託案件としてこれを受理することはできません。あくまで事実関係の精査を行い、訴追に足る理由と根拠が得られれば、ICC検察官は自主的に捜査を開始することが可能です。たとえば、2年前の2006年1月には、国際弁護団が米英首脳をICCに提訴する準備を行っていることが話題に上りましたが、この案件は受理させれませんでした。それは、「ローマ規程に定める受理可能な案件としての条件を備えていない」という判断からのものでした。

仮にICCが本案件を訴追可能と判断して捜査を開始する段になっても、オーストラリアの現ラッド政権に前首相を訴追する用意があれば、ICCは補完性の原則に従って訴追を取り止めます。

さらにもう1つ問題があります。

事前通知の問題

オーストラリアは、2002年7月1日、ローマ規程発効の日に批准しました。そのときオーストラリア政府は、批准書の寄託とともに同国の「司法長官が引渡し承認書を発行ない限り、何人も引き渡さない」(※1)とし、さらにオーストラリア国民の逮捕についても、「ICCの逮捕状発行を受けて司法長官により承認書が発行されない限り、何人も逮捕されない」(※2)とする通知(declaration)を国連の条約局に届けています。

ローマ規程は完全な拘束力を持つ条約で、一般の条約で認められる留保(reservation)が認められていません。そこで批准国は、「通知」という形で留保要件を非公式な形で提示するという方法をとります。この「通知」には本来ICCに対する拘束力はありませんが、締約国が国内法の制約に従った通知を行う場合は暗黙の了解事項としてこれを黙認することになっているようです。

私の知る限りでは、我が国日本は、こうした国内事情を反映した通知は行っていませんが、昨年2007年4月27日に可決成立した国内履行法(第二十条)ではしっかりと同様の内容の“国内司法優越を定める規定措置”(日本の場合は法務大臣が担当)を行っています。オーストリアよりはるかに先立ち2000年6月9日に批准したフランスなどは、同国における「規程発効後7年間はICCの訴追を免れる」とする通知を行ったと記憶しています(TB先参照)。通知どおりであれば、フランスは来年2009年からICCの管轄権を受け入れることになります。(因みにこれらの「通知」の内容は、国連条約局の「条約集データベース」サイト(UN Treaty Collection Database)への利用登録を行えば確認できます。)

このように、ICCの補完性の原則の適用と、締約国が行う「通知」の内容によっては、いくら民間で訴追準備をしてもこれが実現する可能性は薄くなります。オーストラリアの場合は、条約批准時の通知を行ったのは問題となっているハワード前政権なので、現政権の権限によりこれを法的に覆えすことが可能かもしれません。しかし現ラッド政権がそこまでの強硬姿勢をとるか、とれるかは、まだ未知数の段階といえます。



(※1)For this purpose, the procedure under Australian law implementing the Statute of the Court provides that no person can be surrendered to the Court unless the Australian Attorney-General issues a certificate allowing surrender.

(※2)Australian law also provides that no person can be arrested pursuant to an arrest warrant issued by the Court without a certificate from the Attorney-General.
"DECLARATION BY AUSTRALIA TO BE MADE UPON RATIFICATION"(2002年6月20日)より