国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

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アメリカ:最高裁が国際司法裁に対する「国内優越」を明示

時事通信から大変残念かつ憂慮すべきニュースが入ってきました。
時事は記事が短期間で更新・削除されるので全文を以下、スクラップしておきます。

国際司法裁に従う必要なし=「国内優越」を明示-米最高裁

 【ワシントン26日時事】米連邦最高裁は25日、国際司法裁判所(ICJ)が再審を認めるよう求めていたメキシコ国籍の被告に対する刑事裁判で、米国内の裁判所はICJの決定に従う必要はないと定めた判決を下した。ICJの判決には実質的に強制力はないと一般に解釈されているが、米司法当局として国内の裁判所の判断が優越すると明示した。
 ICJは2004年、テキサス州の裁判所で殺人などの罪で死刑判決を受けたメキシコ人の被告について、領事関係に関するウィーン条約に基づく在米メキシコ領事館の支援を受ける機会を与えられなかったと認め、再審を求める判決を下した。これを受け、ブッシュ大統領は司法当局にICJの判決を順守するよう求める特別命令を出した。
AFPによる詳細記事(英文)

冒頭のAFPの記事にあるように、国際法裁判所(ICJ)は、国際法に照らして客観的な司法勧告を行います。ICJは独自に管轄権を行使することはなく、必ず関係当事国の了承を得て初めて紛争に介入します。またその判断にも法的拘束力はなく、あくまで「勧告的意見」を発することしかできません。したがって、その権威は国家によって認められて初めて成立します。このような限られた権限を持つ司法機関でありながらも、国連の6大常設機関の一つとして国際司法の権威とされており、その判断は国家の行動に大きな影響力を持つとされています。そのICJを、アメリカという国家ではなくアメリカの司法の最高権威である最高裁が否定してしまいました。これは国際司法の発展において大いに暗い影を落とす出来事となるでしょう。

アメリカはかつて、ニカラグア事件についてICJが下した判断を不服として、ICJの管轄権を半永久的に認めないという国家判断を下したことがあります。しかしこれは行政府の判断であり、司法の判断ではありませんでした。今回、初めてアメリカの司法(しかも最高裁)がこの判断を下したことで、今後は行政府としての司法上の判例を盾にICJの管轄権を否定することが可能になってしまったのです。

個人的には、いつか適正な判断のもとで、今回の最高裁判断が覆ること願ってやみません。なぜ「適正な判断」を求めるかというと、現在の米最高裁判事らはブッシュ政権下において議会の反対を押し切って大統領権限によって行われた強権人事といえ、適正な人事が行われたといえる状態ではないからです。政権交代後に適正な人事が行われこれが議会に認められ、その上で適正な判断が下されたときに初めて、今回の判断は正当な影響力を持つものと私は考えます。

追記
時事の速報ではなく情報元と見られるAFPの英文記事を辿ると、今回の最高裁判断の実態が見えてきました。AFP記事によると、ICJの判決を順守するよう求める大統領の特別命令に反対したテキサス州判事らは、三権分立の原則に基づきICJの判断にも大統領令にも拘束されない」と反論し、この考えを連邦最高裁が6対3の賛成多数で支持したということのようです。

AFPによると、判決を下した最高裁長官のジョン・ロバート判事は勧告的意見の中で次のように述べました。
「本裁判所は、国際司法裁判所の判断、大統領の特別命令のいずれも、州の行動を制約する直接強制可能な連邦法を構成しえないと結論する」("We conclude that neither (the ICJ) nor the president's memorandum constitutes directly enforceable federal law that pre-empts state limitations,")

またホワイトハウス側は今回の判断を「遺憾」とする声明を発表しており、スポークスマンのダン・ペリーノ氏は以下のように不満を述べたそうです。
最高裁は、合衆国が法的に批准した条約についてはその条約を遵守する国際法上の義務があることを認めた。しかし今回の主張のポイントは、現行法上では合衆国の大統領に州に行動を強要することはできないというものだった」(The Supreme Court recognized that there was an international obligation to comply with a legally ratified treaty of the United States. But their point was that the president of the United States does not have the authority, under current law, to compel a state to act,")

すなわち米政府の見解としては、今回の最高裁判断は、ICJの判断の内容という国際法の国内解釈の問題ではなく、合衆国の大統領自身に州に行動を強要する権限がないとする、内政上の問題最高裁が主張としているものでした。時事の事実関係の捉え方が誤っていたようです。とんだフライングでした。

考えてみれば、ブッシュ政権グアンタナモ軍事収容所の収容者に対する扱いをめぐって最高裁違憲であると判断された頃くらいから、最高裁の判断に対する抵抗をやめ、国際法遵守の方向に転換していたのでした(詳細はコチラを参照、若しくはトラバで記事を転載します)。

しかし、連邦法で大統領に与えられた権限を越えるような越権行為がこの問題の焦点であるのならば、ICJの判断を遵守するというのはもともとブッシュ政権の姿勢ではなかったのですから単に政治的に利用されただけといえるのかもしれません。今回の問題の本質は、民主主義の原則である三権分立下における「行政と司法の権限をめぐる 対立」と形容するのがもっとも現実に即しているのかもしれません。

(了)