国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

人間の安全保障の発展に貢献する日本と世界の道筋と行く末を見つめます。

世界連邦運動における「核の平和利用」推進方針が内包する問題

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世界大会が行われたカナダ・ウィニペグ大学の表札(前方)
会場のウィースリー・ホール(後方)

はじめに

2012年7月10日から11日の二日間、カナダのウィニペグで開催された第26回世界連邦運動世界大会(XXVI WFM Congress)では分科会(Commission)が開かれ、世界連邦運動協会からは四つの分科会についてそれぞれ代議員(Delegate)が参加した。

「平和、人間の安全保障、紛争解決」に関する分科会(COM2)には、犬塚直史(いぬづか・ただし)国際委員長と同委員会委員の私が入り、国際委員会が本年度の活動方針とする国際緊急人道支援部隊(HRTF)の設立に関する決議の成立を目指した。

「国連改革とグローバルガバナンス」に関する分科会(COM4)には、阿久根武志(あくね・たけし)当協会事務局長が参加した。COM2において私は報告者を務め、二日目の報告検討会において当該分科会で合意された二つの決議についての報告を行った。

これら当協会代議員が参加した分科会の他に「国際正義と国際法治と人権」に関する分科会(COM1)と「グローバルな経済・環境ガバナンス」に関する分科会(COM4)があったが、事前登録制のため、今大会においては当協会からは誰も参加することができなかった。しかし、COM4においては、福島原発事故を経験した日本社会にとって重要な議題が検討されていた。

それは、「原発に依存しない社会」を目指す決議を採択するというものであった。 

決議案提出の経緯

COM4の委員長を務めた米国のルーシー・ウェブスター(Lucy Law Webster)代議員は、委員長として福島原発事故に関するなんらかの決議を採択したいと考えていた。しかし、同会の報告者である英国のピーター・ラフ(Peter Luff)代議員は、福島原発事故に関して事前に提出された決議案はないとして、委員長の提案を拒否した。

分科会において事前に決議案が提出されていないからといって、会のテーマに沿った新決議を提案してはならないという規則はない。そこでウェブスター氏は、何とか福島に関する決議案を同会の決議案に挿入することはできないかと、私に相談を持ちかけた。私は事態を重く受け止め、自身がCOM2の報告者を務める傍ら、議場で決議案を書き上げた。

ウェブスター氏は短時間で書き上がった決議案を検討し、これを決議案に挿入するべく動き出した。私はここで注意を払い、分科会の全員に確認する時間はなくとも、せめて報告者であるラフ氏の了解を得るべきだとウェブスター氏に忠告した。

ウェブスター氏は会議の合間にラフ氏に確認をとり、「分科会決議ではなく個人提出決議としてほしい」と要請されこれを承諾した。

決議案の発表

まもなくCOM4の発表時間となった。

ラフ氏による分科会決議の報告の直後、ウェブスター氏は「関連決議」として個人提出決議を大会に提示。その主旨を読み上げ、決議は会場のスクリーンに映し出された。決議の内容は、次のようなものだった。(日英併記
 
国家の根幹的エネルギー・インフラとして、原子力発電所を建設予定、或いは既に長年に渡りこれを保有及び運用する各国政府に対し、原子炉のさらなる安全と運用の確保並びに将来的な脱原発社会の実現に向けて次のことを呼びかけることを世界連邦運動に求める。 
 
    1. 福島原発事故について、日本の国会独立事故調査委員会がまとめた最終報告、及び、米国原子力規制委員会の委託調査により福島原発事故調査特別チームによりまとめられた 『21世紀の原子炉の安全性実現に向けた提言』の内容を真摯に検討すること、及び
    2. 1と並行した、継続的に再生可能エネルギーの研究・開発・導入の推進を実践すること
抗議の辞任

同決議案について、大会は賛成12・反対16・棄権11の反対多数で否決する採決を下した。これを受け、議案起草者の私は翌日7月12日付けで抗議の辞任を決断。新任の理事会及び資格承認指名委員長に対し、国際理事辞任の意、並びに同日予定されていた執行理事選挙への指名辞退を伝える書簡を送付した。

突然の辞意の表明に対し、理事会では13日の会議で全会一致で私の慰留を求めることに合意。新任のアルゼンチンのフェルナンド・イグレシアス(Fernando Igelesias)理事長をはじめ各理事が慰留を求めるも、私は固辞。理事及び執行理事指名の受託の条件として、世界連邦事務局専務理事名で、世界連邦運動として、核の軍事利用及び平和利用に関する方針の歴史的経緯並びにこれに基づく公式見解の発表を要請。米国際事務局のビル・ペイス(Bill Pace)専務理事はこれを実現することを私に約束した。

私がこのような要請を行ったのには確固とした理由があった。

議案の採決時、議場からは反対意見のみが寄せられた。その内容は「当運動として、あるいは所属団体において、この決議の内容を公式方針として表明することはできない」という明確なものだった。後ほど各理事との意見交換で判明したのは、反対表明には主に次の理由があるということだった。

  1. 核の軍事利用(核兵器)への対論として核の平和利用があるのであり、運動は長きに渡ってこの立場を守ってきたため立場の転換は難しい。
  2. 運動はその政策方針として核拡散条約(NPT)体制を支持しており、体制下においては核保有を禁止するかわりに核の平和利用が認められるため、公に核の平和利用を否定できない。
  3. 核の平和利用を全面的に否定することは、地球温暖化対策の一環でのクリーン・エネルギーとしての原子力エネルギーの利用をも全面否定することになるため承伏できない。
  4. 規定の議案提出手続きを経ておらず、また十分な議論が行われていないため、公式な決議として拙速に認めることはできない。

棄権者との意見交換によると、殆どの代議員は(4)の理由で棄権していたことが判明している。一方、反対者との意見交換では、主に(1)及び(3)の理由が反対理由として挙げられた。即ち、反対票の殆どが「核の平和利用」という基本方針との矛盾を理由に投じられていたことが判明したのである。

世界の恒久平和を目指す世界連邦運動において、このような主義主張の膠着があるようでは世界連邦の実現はあり得ない、私はそう判断し、固辞することを決めた。

終わりに

 
福島原発事故以降、世界は大きく動いた。

原発安全先進国のスイスでは、事故以降に安全性の総点検がなされ、さらには、2030年までに全ての原発を停止する「脱原発」宣言がなされた。米国は事故発生後わずか四カ月で、前述の特別チームを編成し、事故の教訓を元に提言をまとめた。各国で原発依存の脱却を求める市民運動が活発化し、原発依存の低減の必要性を認める政策転換が相次いだ。

そうした中で、原発の安全性とクリーン・エネルギーとしての有用性を天秤にかけ、人間の安全保障を最優先とするパラダイム転換を要請する社会運動が活発となった。

このような中で、世界で最も先進的である世界連邦政府樹立を目指す世界連邦運動は、未だに旧来のパラダイムにしがみつき、原子力に関する先見性のある政策検討を行えないでいるのである。

また当協会が平成24年度総会で採択した宣言にあるように「持続可能な社会を継続できるよう、全世界の課題として脱原発に向けての論議」を進めるという見通しも立たない。私の辞任はこれを見越したものである。

2012年度世界連邦運動協会第67回総会宣言(抜粋)
東日本大震災では、津波による甚大な被害に加えて、深刻な原子力発電所事故が起きたことから、エネルギー資源のあり方が根本的に問われることになった。私たちは持続可能な社会を継続できるよう、全世界の課題として脱原発に向けての論議を進めなければならない。

世界連邦運動が真に世界に先駆けた先進的な運動となり、世界連邦樹立の牽引となるためには、あらゆる重要地球規模課題に関する政策分野においてこれを先導する必要がある。旧来のパラダイムに囚われて先見的な議論ができない現在のありようは、「核の平和利用」を推進するという基本方針が内包する根本的問題を表しているといえよう。


文責・世界連邦運動協会 勝見貴弘