国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

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【報告】「侵略犯罪」の定義と運用をめぐる国際社会での議論と結論

ICC締約国会議、カンパラ再検討会合で「侵略犯罪」を管轄犯罪に規定

朝日新聞が報じたように、ウガンダカンパラで行われた国際刑事裁判所締約国会議(ASP)による国際刑事裁判所ICC)ローマ規程再検討会合」にて、「侵略の罪」(以下、正訳表現として「侵略犯罪」と表記)の定義が採択され、ICCの管轄犯罪となることが合意されました。しかし、その運用をめぐって国際社会は、これまで激しい議論を繰り返してきており、今回の会議でも、特にその「認定権者」は誰かという点で会議が紛糾したと、CICC(国際NGO連合)内では報告されています。

残念ながら、今回のこの歴史的な会合に、私は直接参加することが適いませんでした。しかし、CICCの一員として常に情報は入ってきていました。以下は、その情報の一つとして、この「侵略犯罪」を巡る議論に関して、CICCの運営委員会メンバーのPGA地球規模問題に取り組む国際議員連盟)の総括を要約したものです。まずは、今回の会議に至るまでの経緯の概説から。



経緯


「侵略犯罪」の定義自体も重要なのですが、この問題の最大の争点は、これを国家あるいは個人による犯罪であると認定するの「認定権者」ICCなのか、それとも国際安全と平和に関する国際法上の責任を持つ国連安保理なのかという事でした。

ASPでは、「侵略犯罪」の定義、その対象なども含めたこうした重要検討事項を、2010年の再検討会合に先立ち事前検討するため、2002年に特別の作業部会
を設置し、以来、7年間に渡って公開討論を繰り返してきました。この公開討論は、ICCの締約国に限らず、広く国際社会全体に門戸を開いて行われ、とくに安保理常任理事国五ヵ国(英仏2ヵ国を除いて全て非締約国)の参加が認められたため、ひじょうに実効性あるものとなっていました。

これまでの議論では、議長ペーパーというものがその都度採択され、その中で、「認定権者」は暫定で
このように定義されてきました。

国際刑事裁判所は、国連安保理により「行為としての侵略」が行われたと判断された場合のみ「犯罪としての侵略」を訴追すべく管轄権を行使できる。

これはすなわち、「侵略犯罪」が行われたという第一義的な認定権は安保理が持ち、この認定を受けて初めてICCは訴追行為を開始できるということです。この件をめぐって、会議の参加国は激しい議論を展開してきました。とくに、朝日の記事にあるように反対派の米国と、推進派のドイツ、ベルギーなどの間で意見が対立していました。

日本での数少ない報道(朝日のみ?)によれば、
ICCにも独立した捜査権を認める」そうですが、これは、米中露ほか現行の非締約国が訴追対象とならない」ことも含め、西欧諸国や市民社会から大きな反発を受けました。この世紀の議論が現在の結論に至った経緯とその内容を、以下ご紹介します。



報告(要約)

PGA国際本部の報告によると、ウガンダの首都カンパラで招集されたICC締約国会議は12日深夜、2週間に及ぶ激しいの議論の末、「侵略犯罪」に関するローマ規程の改正とともに、当該犯罪に関する管轄行使のための諸条件に関する提案を投票無しのコンセンサス(合議)で採択した。しかし、非締約国国民を完全にその対象から排除し、さらに改正の発効期限を遅らせることで、ICCの管轄体制は著しく弱体化させられたと言わざるを得ない[1] 採択された改正案によると、改正の発効は以下の条件を満たしたときに初めて実現する。

  1. 2017年に行われる予定の投票で現締約国(111ヵ国)の三分の二の国が賛成票を投じること。
  2. 最低で30ヵ国が同改正条約を個別に批准すること。
2002年にローマ規程への署名を拒否した米国を含め一堂に会した安保理常任理事国5ヵ国(内締約国は英仏の2ヵ国のみ)は、その影響力をフルに活用し、国家に対する国家による「侵略犯罪」の行為の認定は、「国連憲章第七章下で行動する国連安保理の占有的権限であるべき」とする立場を強く主張した[2]。これに対し、ラテンアメリカ及びカリブ諸国、アフリカ諸国、欧州諸国らは、「安保理には第一義的な権限が認められるべきだが、占有的なものであってはならない」という立場を表明したが、結論には至らなかった。そこで、再検討会議議長により妥結が図られ、発効期限を遅らせることになった[3]。ただし、自発的(proprio motu)な訴追や締約国による付託の場合は例外とすることが、締約国会議と一部非締約国の間で合意された。

この結果について、PGAICC対策チームは、本会合での「侵略犯罪」の管轄犯罪化は象徴的なものに留まり、「仮に2017年の改正発効後であっても、ICCのこの犯罪に対する実効性はその他の管轄犯罪に比べそれほど高くないことを潜在的侵略国(would-be aggressors)に強く知らしめる結果と相成った」との初期評価を下した
[4]

最後に、PGAカンパラ再検討会議の全般的総括として、内部紛争におけるガス兵器など一部兵器の禁止が規定された[5]ことを評価する一方で、「ローマ規程の批准後7年間は自国民の戦争犯罪による訴追を免除される」規程第124条の規定を削除するという市民社会の念願が叶わず
、これが保持されることが決定したことに遺憾の意を示した[6]。ただし、決定の最終段階で、同規定の削除に関して2015年の締約国会議で再検討することが盛り込まれたのがせめてもの救いであったと付け加えた[7]



所感
私たち市民社会も含めた国際社会全体が、今回の再検討会合は、歴史に残るものになるであろうと期待していました。それは、東京裁判以来、明確な規定のなかった「侵略犯罪」の定義やその運用の規定、核兵器使用の禁止(犯罪化)など、人類の悲願ともいえる重大な懸案事項が初めて国際法のもとで明文化される7年に1度の機会だったからです。また、それだけではなく、米オバマ大統領の「核なき世界」戦略の諸施策により勢いを得た国際社会の前進に伴い、核兵器の使用を禁止する国際的コンセンサスが確立する千載一遇の機会と見られていたのです。

日本でも、「侵略犯罪」の管轄権行使の問題について、現役弁護士の集団が結成した初の人権NGOヒューマンライツ・ナウ」(設立趣旨)等が事前に独自見解を発表するなど、市民社会の期待が高まっていました。
しかし、蓋を開けてみれば、2002年以降初めて米国の参加が実現した今回の歴史的会合は、安保理常任理事国による横暴を許す格好の舞台となってしまい、ICCが先導する国際刑事裁判制度は強化されるどころか弱体化される一方の結果と相成りました。現場にいれなかった私にも、PGAの報告の全文から、そのことに対する悲壮感が漂ってきているのが分かります。
しかしこれで、ICCが抱える課題がさらに明らかになりました。7年後の再検討という、この過程を経なければ、公正で実効性のある国際刑事裁判制度を確立するに当たり、こうした諸処の課題・障害があることは、ここまで分かりやすい形で明らかにはならなかったでしょう。問題が分かれば、対策のよりうもある。2015年の締約国会議に向けて、市民社会が結束してこれら諸問題に取り組む新たな機会を得たと考え、私たちは邁進すべきでしょう。