国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

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【ダルフール】ICC検察官、バシル大統領への逮捕状を請求(詳報)

スーダンダルフールの案件で新たに訴追を行う件について、国際刑事裁判所ICC)のモレノオカンポ検察官は14日午後、定刻どおりに記者会見を開きました。CICC・国際NGO連合がその内容についてメディア・アドバイザリーを公開したので以下、抄訳します。また、この逮捕状請求が及ぼす影響について世界的な国際シンクタンクInternational Crisis Group: ICG)が分析を行っているのでその抄訳記事も併せて掲載します。


ICC PROSECUTOR REQUESTS ARREST OF SUDANESE PRESIDENT OMAR AL-BASHIR

ICC検察官、スーダン大統領オマル・バシル氏の逮捕を請求

何が:
▼2008年7月14日、スーダンダルフールの案件について、国際刑事裁判所ICC)のモレノオカンポ検察官が予審裁判部第1法廷に対し、スーダンのオマル・ハッサン・アーメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-Bashir)大統領に対する逮捕状を請求した。
▼逮捕状では、過去5年にわたりダルフール地域において行われた集団殺害(ジェノサイド)、人道に対する罪、及び戦争犯罪について、バシル氏に刑事責任があり、とくにフール人、マサリート人、ザガワ人の民族性を問題にこれらの集団の主要部分を破壊するための計画を首謀し実行に移した」(masterminded and implemented a plan to destroy in substantial part the Fur, Masalit and Zaghawa groups, on account of their ethnicity.)として10件の訴因を記載しその責任を追及した。

誰が:
・オマル・ハッサン・アーメド・バシル、現スーダン共和国大統領

何故:
・05年03月31日、国連安全保障理事会が決議1593号によりスーダンダルフールの案件をICCに付託され、
・05年06月06日、ICC検察官が正式に捜査の開始を宣言しており(案件は予審裁判部第1法廷が担当)、
・07年02月27日、ICC検察官は証拠を提示し両容疑者に対する召喚状の発行を要請し、
・07年05月02日、予審裁判部第1法廷が両被疑者に対する逮捕状を発行したものの、
・08年07月15日現在に至っても、スーダン政府は両被疑者の引渡しを拒否し続け、協力を拒んできたため。

今後の展開:
▼予審裁判部第1法廷は、ローマ規程第58条(仮訳)の規定に基づき、逮捕状を発行するか否かを判断する。
▼逮捕状発行の判断は、第1法廷を構成する判事3名のうち、その担当判事となる1名の判事(以下、太字にて区別)によって判断される。(2008年4月11日予審裁判部第1法廷決定事項(英文)

▼予審裁判部第1法廷の構成
 - (ガーナ)アクア・クエニェヒア、女性、裁判所第一次長
 - ラトビアアニタ・ウサカ、女性
  - (ブラジル)シルヴィア・スタイナー、女性

▼逮捕状発行の判断の基準となるのは以下の点である。
 - 犯罪を犯したことを疑うに足る確たる根拠
 - 被疑者の出廷を求める上で逮捕状発行が必要か否か
 - 捜査や審理に悪影響を及ぼすか否か
 - 被疑者による更なる犯罪を防ぐ必要性の有無




国際シンクタンクICGによる本件の分析と提案

世界的な紛争予防シンクタンクInternational Crisis Group(ICG)が14日に発表したステートメント"New ICC Prosecution: Opportunities and Risks for Peace in Sudan"によれば、今回の逮捕状請求は大いなる機会とリスク(big opportunities annd big risks)の両方を孕むそうです。

ステートメントの内容を大別して要約すると次の通り。機会とリスクの比率の差は歴然です。興味深いのは、もたらされる可能性のある結果について、同一の事項について相反する主張が双方に存在することです。これが、ダルフール情勢の難しさを物語っているといえるでしょう。

大いなる機会
・ICCが現職の国家首脳を裁く最初のケースである。
・ICCの信頼性を示す絶交の機会である。
・暴力停止を促進し、UNAMIDの効果的な展開を可能にするかもしれない。
南北包括和平合意(CPA)の完全な履行など和平推進の機会になる可能性がある。

大いなるリスク
・逮捕状発行の判断は数カ月を要する可能性がある。
・治安情勢が悪化する懸念がある。
・政府系の武装勢力が行動を激化する可能性がある。
・政治的解決(CPA)の道筋が絶たれる可能性がある。
・UNAMIDの効果的な展開が不可能になる。
人道支援活動の妨げになる可能性がある。

ICGの提案
バシル大統領への逮捕状が発行される可能性は短期的には当面の間はないと考えられる。国連安保理は逮捕状発行の判断が行われる数カ月(2~3カ月)の間に、ダルフール情勢の総点検を行い、実効的かつ目に見える進展が見られているかどうかを判断する必要がある。もしこのような進展が認められると判断されるようであれば、安保理はローマ規程第16条(捜査または訴追の延期)の規定に基づきICCによる訴追を1年の間延期することを決定する選択肢がある。

この判断は、スーダン政府の過去の非協力的な行動などを考慮の上で行うべきであるが、年次で更新が必要となるこの措置を適用すれば、スーダン政府に協力の余地を与えることができることを考慮する必要がある。

ICGとしては、いまバシル政権や反政府勢力に対する圧力を弱めるときではないと考える。しかし最も優先すべきなのは紛争に終止符を打つことであり、惨禍の渦中にあるスーダン国民をさらなる暴力がから守ることである。国際社会は、目の前に広がる機会とリスクに有効に対処する試練に直面している。 

ICG会長のコメント
ステートメントの結びで、ICGのガレス・エヴァンス(Gareth Evans)会長はこのように述べています。
スーダンの現支配勢力は、自国民を保護する責任をまったく果たしてこなかった。安保理に求められる行動は、ICCに訴追させることがスーダン政府に暴力を止めさせ、新しいスーダンを作り上げるためにもっとも有効な措置であるか否か、あるいは、スーダン政府の初期の反応やその後の行動をモニタリングした上で、訴追を延期することこそが和平実現の近道であるか否かを判断することである」