国際刑事裁判所(ICC)は北朝鮮の拉致問題を裁けるのか
日本海新聞によると、拉致被害者家族会の増元照明事務局長が、北朝鮮による拉致問題疑惑の解決に当たり、以下のように述べたそうですが、どうやらICCの権限について誤解があるようです。「金正日の罪が問われ、罰が与えられることが解決への形だろう。政府は来年にも、人道に対する罪を裁く国際刑事裁判所(オランダ・ハーグ)に加盟する方針だ」 ─拉致被害者家族会・増元事務局長 『「北政権に罰を」拉致被害者家族会・増元事務局長』(日本海新聞)より
確かに、ICCでは拉致に当たる“強制失踪”を、同裁判所が管轄する犯罪の1つである「人道に対する罪」の構成要素としていますが、ICCがこの問題に介入するには、少なくとも①犯罪が2002年7月“以降”に行われたことの証明と、②北朝鮮によるICCの管轄権の受託が条件となります。①も②もおそらく実現不可能なため、ICCはこの件には介入できないだろうと私は考えます。ICCには現実的な実効性しかないので、期待したい気持ちは分かりますが、過度な期待はしないで頂きたいというのが本音ですね。しかし、ただ「できない」と端的に結論付けるのは能がないので、北朝鮮の拉致関係を訴追出来るシナリオを考察してみることにしましょう。
ICCが北朝鮮拉致関係者らを裁くことのできるシナリオ
ICCによる訴追成立要件は、前述の①②の他に、犯罪の実質的規模の把握や、犯罪要素を定めるICCのローマ規程との厳密な一致などが必要となります。それらが全て出来ていると仮定して話を進めると、北朝鮮は非締約国なので、国連安保理による強制力を確保することが必要となります。つまり、訴追が出来るシナリオとは、以下の条件が成立したシナリオということになります。①対象犯罪が2002年7月1日以降も“継続して”行われていた証拠がある。
②対象犯罪が数名の個人によるものではなく、大規模かつ体系的に行われた組織的犯罪であることを証明するに足る証拠がある。
③日本政府が拉致問題を国連安保理に提議する。
④安保理で問題が協議され、スーダン・ダルフールの事態と同様、ICCに北の案件を付託する決議が、中露の賛同を得て採択される。
⑤安保理の付託を受けてICC検察官が捜査を開始。北に捜査協力を要請する。
⑥中露などの周辺国の協力を経て、北朝鮮国内外で捜査を行う。
⑦捜査の結果、立件する。関係者の逮捕を北朝鮮司法当局に要請する。
⑧北司法当局の協力により関係者の逮捕・拘束が実現する。
⑨北朝鮮政府が快くハーグへの関係者引渡しに応じる。
②対象犯罪が数名の個人によるものではなく、大規模かつ体系的に行われた組織的犯罪であることを証明するに足る証拠がある。
③日本政府が拉致問題を国連安保理に提議する。
④安保理で問題が協議され、スーダン・ダルフールの事態と同様、ICCに北の案件を付託する決議が、中露の賛同を得て採択される。
⑤安保理の付託を受けてICC検察官が捜査を開始。北に捜査協力を要請する。
⑥中露などの周辺国の協力を経て、北朝鮮国内外で捜査を行う。
⑦捜査の結果、立件する。関係者の逮捕を北朝鮮司法当局に要請する。
⑧北司法当局の協力により関係者の逮捕・拘束が実現する。
⑨北朝鮮政府が快くハーグへの関係者引渡しに応じる。
これら全ての条件(特に強調部分)が滞りなく満たされることが、どれほどあり得なく、まず実現しそうにないかがよくおわかり頂けるかと思います。これはICC自体の強制力の問題ではなく、公平・中立を守るためにICCが独自に課した制約により、どうしても生じてしまうジレンマによるものです。
また、国連安保理の拒否権を持つ常任理事国に北の実質の保護国である中露両国が存在することから、安保理経由の事態の付託もほぼあり得ないだろうという推測(これまで対北関連の決議では、両国はよくて「棄権」という形でしか決議に賛同する姿勢を見せていません)が成り立ちます。
勿論、仮にこれらの条件の一部あるいは全てがクリアされるようなことがある場合はこれらの、論理的可能性を超えて大いなる国際的な政治的意志が動いたことの証左となるでしょう。【了】