イラク内外で物議を醸したイラク三分割案の採択に関する報道
「国外」というとまず浮かぶのは戦争の当事者である米国の役回りですが、今年2007年9月26日、米上院外交委員会で、いわゆる「イラク三分割案」が採択されました。委員会止まりの採択とはいえ、このような、米国の隠れた本音ともいえる案が米議会の卓上に上ることは稀なことです。酒井講師によれば、このような案はイラク攻撃当初から想定されていたものであり、ブッシュ政権内では常識とされている考え方ではあるが、議会の意思として表に出たことが米国を内情を映し出しているそうです。
国外の周辺国の動静も把握することが肝要
国内がいわゆる無政府状態に近い状態で運営されており、治安構造面で問題を抱えていることはわかりました。では国外の情勢、とくに周辺国の動静はどうなのでしょうか。酒井講師によれば、これも現在ならびに今後のイラクの情勢を考える上で外せないファクターのようです。米国 |
さて、かつてのパレスチナやイランやイラクの誕生のように、西欧の勝手な線引きにより祖国が分割されることに、イラク議会は猛反発しました。とくに野党はそろって反対し、与党ではマリキ首相までもが反対、賛成したのはシーア派のSCII(イラク・イスラム最高=評議会)のみでした。そうした激しい反発を受けたせいか、米議会ではこの話はもはや話題に上らなくなっています。しかしはからずしも、米国がイラクに関して音を上げている状況がこれで世界に知れ渡ってしまいました。イラク議会ではこの表明を受けて、米国撤退後のイラクを想定して政界再編が活発化します。
米国の撤退の意思が明らかになった以上、イラク議会は真の支配政党を決めなければなりません。こうして、(1)シーア派政党間、(2)スンニ派政党間の衝突が激化してゆきます。与党連合の中でも、イラク正統派を自認する反米のサドル派やファディーラ党の間で県をめぐる抗争が激しくなり、地方議会の覇権をめぐる小競り合いが本格化し始めているそうです。ここで、外せないのがイランの存在です。
酒井講師によれば、現在のイラク議会の政党は全てなんらかの形でイランと関わりを持っており、イランの存在を無視してイラクの国政を語ることはできないのが実情だそうです。しかしイランの国家自体がイラクに対する覇権を狙っているというものではなく、イランの精神的指導者などが間接的にイラクの各政党に影響を及ぼしている(影響力を行使しているのではない)ことから、イランでの動静がほぼダイレクトにイラクの国政に影響するという状況なのだそうです。
イラン |
またイランは安全保障上の観点からクルド人問題を重要視しており、ちょうど米国議会がイラク三分割案を採択した2日前の9月24日、米軍によるイラン人拘束への抗議としてクルド自治区と接する国境を封鎖しています。この抗議措置は、イランが持っている幾つものカードの1つを披露したに過ぎず、きっかけさえあればイランはクルド自治区に対する圧力を強める姿勢を維持し続けています。
上記の「三分割案」記事にあるとおり、米国はイラクをスンニ派、シーア派とクルド人の3地域に分割するつもりでいましたが、このクルド自治区は周辺国と国境を接しいてるためそれらの国の思惑に左右されます。つまり、クルド自治区はもう自治が成立しているから「それでよしとして」などという安易なアプローチで考えていいことではないのです。しかし、酒井講師によれば米議会の人間は、たとえ上院であれ外交評議会という国際的な権威といわれるシンクタンクがその頭脳を果たしていても、イラクのことを「よく勉強していない」そうです。つまり、「三分割案」はイランや、米国にとっては安全保障の要となるトルコの利害や動静をまったく視野に入れていない愚策だということです。では、NATO加盟国として欧米とは独特な距離と関係を保ってきたトルコはこの問題に関してはどうなのか。
トルコは長年、クルド自治区が安定しかけては武力による威嚇などを行ってクルド自治区の定着を阻止してきました。それは自国内のクルド人が隣で発展するクルド自治区に影響されて独立意識を持たないようにするためです。イラク北部のクルド自治区の安定は、トルコにとっては不安定材料となるわけです。
トルコ |
これがトルコの基本姿勢ですから、当然イランの動きも気になります。クルド自治区は単に国内の政情に影響するということだけでなく、キルクークという広大な油田地帯を持っています。トルコもイランもこの利権を狙っている─というよりいずれかに独占されることを阻止するために、互いにけん制しあっています。それが、イラクにおけるクルド自治区の立場なのです。周辺大国によって影響力行使のためのコマにされようとしているのが実情であり、仮に米国がイラクから全面撤退する場合は、これら大国によりクルド自治区がどう扱われるか、当事国のイラクを含めた国際社会は非常に懸念しているのです。いたずらに米軍の撤退を叫べない背景は、こういうところにもあるのです。