国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

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【日報】(下)イラクの現状報告会に参加してきました

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質疑応答の模様。報告会を行ったJVCの田村女史(左)と講演を行ったTUFSの酒井教授(右)


イラク避難民の生活はどうなのか

TUFS酒井講師の講演に続き、今度はJVCの現地活動員である田村幸恵さんにより、地元の視点で「イラク国内避難民」に関する隣国ヨルダンでの活動について報告が行われました。


JVC田村幸恵女史のプロフィール
日本国際ボランティアセンター(JVCイラク事業現地調査員(ヨルダン駐在)。津田塾大学大学院国際関係学博士課程後、日本パレスチナ医療協会事務局勤務などを経て、2007年6月より現職。津田塾大学国際関係研究所に兼務する。


『上』 で述べたとおり、現在イラクの国内外の避難民の数はそれぞれ200万人を超えています。田村女史が提示したUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の統計によれば、2007年の6月から7月の1ヵ月だけで、首都バグダッドでは30,000人だった国内避難民(世帯)の数がその倍近くに、国内避難民(個人)の総数は180,000人から345,199人とこちらも倍近くに増えています。

国内避難民の数(国連難民高等弁務官事務所の統計)
地域年/月国内避難民数(世帯)国内避難民数(個人)
バグダッド2007/0630,000180,000
バグダッド2007/0755,968345,199
アンバール2007/067.65045,900
アンバール2007/0710,81864,908
出典:
UNHCR Cluster F1 Internally Displaced Persons in Iraq - Update 16 July, 2007
UNHCR Cluster F1 Internally Displaced Persons in Iraq - Update 19 Sept.207

このように一月ベースで倍近くに膨れ上がり続けるようでは、周辺国はとてもではないですが対応しきれません。まさに「人道的危機」が発生しているという状態です。これに追い討ちをかけるのが、地方自治体や地元の警察機構などの腐敗ぶりで、権力争いや縄張り争いに明け暮れているため、地元住民はまったくこれらの自治機構を信用できず、職や食料の保証を求めて他県へ他県へと移り住む状況に陥っています。つまりアフガン同様、イラクでも警察・治安構造改革が必要であることがわかってきました。しかし、アフガンのように国際社会が一丸となって取り組むという枠組みはイラクにはありません。だから同じ問題を抱えていても、違ったアプローチで取り組むしか術がありません。

ヨルダンに拠点を置くJVCは、2007年9月30日から10月6日の1週間の間、イラクファルージャバグダッドの二箇所で、国内難民に対する緊急人道支援として、食糧供給を行いました。支援内容は素朴に聞こえますが、米5キロと豆2キロの2点の支給です。これで7人連れの家族が2週間暮らさなければならないのですが、致命的に不足しているタンパク質を補う上でこの方法がベストと判断されているようです。蛇足ですが、そういえばWFP(世界食糧計画)が一般公開した食糧配分のゲーム『FOOD FORCE』(日本の大手ゲーム会社が共同開発しています!)でも、豆や米がメイン食糧として登場していたような気がします。米は日本人の主食ですが、豆については普段は「豆も食べなさい」といわれて初めて食べてるような気がします。でも食糧危機状態になると、まず必要になるのがこういった高タンパクな食材なんですね。それはさておき。

グリーンゾーンなどが配置されていて比較的安全だと思われているバグダッドですが、実際はそんなことないようです。しかも、治安当局に対する不信感がピークに達していて、この食糧配布の活動中も、食糧を貰いにくる人たちは顔を写真にとられないように工夫するそうです。そこから、迫害されたり追放・攻撃されたりすることに繋がるからだそうです。つまり、政党同士の抗争が一般にまで波及して、生活を脅かしており、彼らのように首都に住む人間ですら、移動を余儀なくされる形で「国内難民」が発生しているということです。一部の地元政府は、食糧配布を実際に行っていたりもします。それでも、治安当局への不信から、人々は任意で登録する配給制度に自ら登録しないことを選ぶのです。

こんな状況、想像できますか?非常時にすら頼れない政府なんて、一体何のための政府なんでしょうか。

これにより、現在バグダッド南部にはニューバグダッド(AFP)という地区が新たに生まれたらしく、バグダッド中心部から追いやられた人たちがそこに続々と集まってきているらしいです。しかし、そこも安住の地ではなく、このAFPの記事にもあるように宗派同士の小競り合いのために爆発があったり、強制的に追い出されるということが恒常的に行われているそうです。これが、イラクの首都バグダッドに住む人たちの現実なんですね。

さて、日本はここでも航空自衛隊が相も変わらず米軍の戦闘行為を支援しています。その他に何をしているかというと、何もしていません。これは現在国連すら不在のイラクにおいて、NGOが最強の情報ネットワークを持っていることから得られる確信です。国連がなぜ不在かといえば、2003年8月のこの痛ましい事件がきっかけです。この爆破事件以降、国連はイラクから全面撤退してしまい、やっと2006年にOCHA(国連人道問題調整事務所)という国連機関が活動を再開しましたが、田村女史によれば、結局は現地で唯一信頼できるネットワークを構築しているNGOの情報に頼りっきりというのが現状だそうです。

つまり、アフガンのようにUNAMAという既存の組織のネットワークに頼るわけにはいきません(※イラクにはUNAMIという似たような名前の組織がありましたが、もはや活動停止状態にあるそうです)。では日本は何が「できる」のか。勿論、空自部隊の即刻撤退は当然の前提となりますが、とにかく活動を「戦争協力」から「人道支援」へ切り替えなければいけないのは間違いないでしょう。
日本
私は質疑応答のときに、田村女史に「日本はイラクで何ができるのか」を率直に聞いてみました。アフガンとイラクの状況は似通っているところがあるが、アフガンと同じアプローチ(和解促進)が通用するとは思えない。では、日本は何ができるのかと、問いかけたのです。現場で活動している田村女史の答えは淡々とした、でも的を射たものでした。

人道支援を出せ」


何も抗争中の地域で活動することはありません。難民キャンプは十分ニーズが不足している。また、人道支援といっても単に食糧や医療などのケアをすればよいということではなく、日本ならではのケアというオプションもあります。それは、知識層(エリート層)の保護と育成という選択肢。

難民といえば、教育が水準が低い貧困層を直ちに想像しがちだが、たとえばニューバグダッドから追い出されて国内避難民となった人たちには裕福な家庭に育ち十分な教育を受けて育った知識層の人たちも多く含まれます。こうした人たちが難民となってしまうことで、イラクでは頭脳流出ともいうべき現象が顕著になってきているそうです。

人は国家の財産です。人が育たなければ国家は育ちません。再建中の国家においては、まさに知識層こそが財産。それが、国内の治安情勢により他国あるいは国内で漂流してしまっている─この状況を緩和する1つの方法として考えられるのは、日本がこうした知識層を一時的に保護して日本に連れ帰り、能力強化を図って時機を見てイラクに帰すという事業を展開することです。アフガンの警察改革に関して私が抱いてた構想と同じでした。日本には、その特色を生かしてできることが、まだまだあるのです。

日本ができること

正しく国内外の情勢を把握し、イラク国民のニーズを把握すれば、実は日本ができることは色々あり、そのオプションは至極現実的で実現可能なものであることがわかります。ただ、それらの活動はロー・アウトプットなので、「貢献」していることを世界にアピールしたい政府にとってはあまり魅力的に映らないようです。しかし、そんな思考でいていいのでしょうか。

イラク戦争は、日本が初めて積極的に肯定した戦争です。国際社会の多くの考えに反して、日本は少数派に与してして荊の道を進むことを選びました。しかし、果たして本当に荊の道を選ぶ覚悟があっての選択だったのでしょうか。

イラク戦争の総括」が必要だという言葉が広く聞かれるようになってきた今、日本はアフガンも含めて、日本がこれまでとってきた進路を見つめなおし、仕切りなおし、考え直す時期に来ているのではないでしょうか。目の前に「できること」の選択肢が広がっているのに、それに手を出すこともできない日本政府の決断力のなさを、私は歯がゆく思うとともに、せめて立法府にいる人間として、政治に良い意味での決断力を持たせたいと強く思いました。

ご精読ありがとうございました。

(了)