国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

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【Q&A】米国が侵略の罪を犯したらどうなるのか

以下は、本ブログで寄せられた質問に対し私が回答したコメントをまとめたものです。
毎度ながら長大なものとなってしまったため、こちらに転載することにいたしました。

Q:仮に、2009年までに定義される「侵略の罪」を、その後、アメリカが犯した場合、ICCアメリカに対して何が出来るのでしょうか?

背景:米国を取り巻く状況の変化

A:いい質問ですね。まずは背景から。

ご存知のように、米政権では中間選挙民主党が圧勝した結果を受け、外交政策の見直しを図っています。イラク攻撃などで一国主義を推進してきたネオコン層は政権から一掃され、これまで反対してきたICCに対する姿勢も軟化しています。その背景には世界各地で勢力を伸ばす中国の存在があり、このままでは各地での米国の権益が脅かされるという恐れから、根本的な政策の転換を図り協調主義に傾いています。更にブッシュ大統領の任期はあと2年。2009年には民主党政権が誕生すると見られています。

2009年の修正会議には米国は参加するだろうと見られており、同時にICC加盟を決断する可能性も観測されています。現時点で「侵略の罪」の定義に関する協議には、加盟国の英仏の他、中露もオブザーバー参加しており、実効的な定義が2008年までに確定しつつあります。つまり「侵略」についての判断権のある安保理常任理事国のうち、参加していないのは米国だけという状態です。米国が会議への参加を焦るのも分かるでしょう。また中露はICC加盟に前向きで特に露西亜は議会レベルでは批准の準備を完了しています。

米国が一番恐れているのは中国の勢力拡大です。その中国が米国よりも先にICCに加盟したら、米国は反ICC政策など掲げていられません。このような状況下ではまず、米国が侵略という行為に出る可能性自体が減るでしょう。米国が2009年に加入したとしても7年間は国内法整備のためにICCの管轄権を受託しないことが可能なので、ICCが管轄権を持つのは2016年以降となります。さすがに10年後の世界を予見するのは難しいのですが、これまでに挙げた米国を取り巻く状況を考えると、以下のような推測は出来ます。

結論:米国とICCの関係の変容が新たな責任能力を生む

再び国際協調を外交政策の主軸にした米国は、一国主導よりも連帯責任を盾に国際社会を巻き込もうとするでしょう。国際的に協調する代わりに米国に有利な政策を進め、、行動責任を分担する戦略に出るでしょう。つまり「侵略の罪」を犯すにしても、米国は単独では行いません。おそらく日本との連携が強化されるNATOの役割を拡大して、拡大NATOを国連軍に据える戦略をとると思われます。すると、この巨大な軍事同盟に参加する国全てが連帯責任を負うことになり、ここで責任の分担が行われ、裁かれるのは米国のみではなくなります。

また、この頃にはすべてのNATO加盟国がICCに加盟(現在、米国、チェコ、トルコ以外は全て加盟)しており、かつICCの管轄権を認めている状態となるので、NATOを主導する米国としてもICCの公正な裁きを甘受せざるを得なくなります。そこで米国としては、国内で、ICCが管轄する主要な犯罪を裁けるよう国内法とくに軍法の整備を行うことになります。

現在、NATO諸国ではカナダ、イギリス、フランス、イタリアなどのG7主要先進国がこの軍法整備を進めており、米国はこの動きに出遅れている形になっています。米国としてはこの劣勢を挽回したいでしょうから、NATOの盟主としてむしろ自国の軍法整備に加盟国を倣わせようとするでしょう。ICCに裁かれないために各国の軍部は必死であり、米国がここで先導すればいちにもなく追従するでしょう。日本も、在日米軍の編成、防衛省の設立に伴い各国と足並みを揃えるための土台が出来上がりつつありますから、当然NATO諸国の動きに対応した国内法・軍法整備が進められることになります。

これらの状況を勘案すると、米国とICCの関係は大きく変容すると見られます。

そして補完性の原則により、米国はICCに直接従わずとも、ICC規程に合わせた軍法整備を行うことにより、自らの責任能力を高める結果となるでしょう。ICCの管轄する犯罪をすべて国内でも裁けるようにすることで、米軍の刑事追能力が高まるわけです。その米国が仮に、「侵略の罪」を犯したとしても、その時点で既に米軍には刑事訴追能力があることになります。補完性の原則により、米国自体にこの犯罪を裁く能力が高まっていれば、ICCは介入せずに済みます。つまり米国とICCの関係が変容することにより、米国自身も良い方向に変容するということです。国家としての責任能力を自ら持つことになるのですから。

乱暴に言ってしまえば、「ICCができること」は、米国を中から作り変えてしまうということです。さらにハッキリ言ってしまえば、罪を犯したという仮定がなければ、まず米国を罪を犯すことをしないでしょう。メリットよりデメリットが大きいことを、イラク戦争で骨身に沁みて理解したからです。それは現在の米国の世論にも表れており、政策にも反映されていることから明らかです。ただ、この「反省に基づく方針転換」がいつまで続くかは、こればかりは予見不可能ですが・・。

以上、大変長くなりましたが、米国を取り巻く状況があまりにも変わっているので、この事実を加味しないで将来の仮定の質問にお答えすることはできないと思い、包括的な見解を述べさせていただきました。

長文を精読していただき感謝いたします。