国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]

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【クウェート】神学校生徒の無差別殺戮でパキスタン政府の訴追を検討

中東アラブのICC非締約国であるクウェートから、パキスタン政府をICCに訴追する話が持ち上がっています。以下は記事の要約です。

4日付けのクウェート発アラブニュース(サウジアラビア)によると、国際イスラム人権委員会(International Islamic Committee for Human Rights)のMubarak Saaduon Al-Mutawa事務局長はパキスタンの記者団に対し、パキスタン北西辺境州Khar Bajaurのイスラム神学校(マドラサ)において非武装の学生たちが爆撃により無差別に殺害された事件について、パキスタン政府が十分な事実関係の公表を怠る場合は、国際刑事裁判所(ICC)に捜査を要請すると述べた。

Al-Mutawa氏は、人権擁護の観点から、神学校の生徒たちが軍事訓練を受けていたとするパキスタン政府の主張は受け入れ難いとし、クウェートパキスタン大使館を経由して、同国のムシャラフ大統領宛てに書簡を送付した。

記事によると、Al-Mutawa氏はパキスタン政府に対し、犠牲者の遺族に対し1人当たり1,000万ドルの補償金を支払うべきと主張している。また本件が学生たちにのみ向けられたものではなく、対テロ戦争の名を借りた人道に対する挑戦であるとしている。同氏の調査したところによれば、爆撃された建物には武装した学生は1人もおらず、10~20代の学生がコーランを学んでいただけだという。ただし、爆撃が通常の政府の命令系統で行われたものであるかどうかは現状では定かではない
ソース:アラブニュース(サウジアラビア)2006年11月4日付けの記事「Kuwaiti Lawyer Threatens to Take Bajaur Case to ICC 」

このクウェート人弁護士がどの程度、ICCの権限と機能を把握しているかは疑問ですが、ヨルダン以外のイスラム圏でICCへの訴追を表明する具体的な言及がなされたのは、これでイラクに次いで2件目です。イスラム系のICCの締約国がヨルダン1国である現状で、このように非締約国の中にICCに対する信頼と救済を求める声が上がっているのは心強いことです。

ただ、実際にこの件をICCが扱えるかというと、これは別問題です。
パキスタンがICC加盟国でないことがまず問題になります。

また先日の慶應シンポジウムでドイツ出身のコール判事(予審裁判部部長)が明言したのですが、「ICCは個人を裁く裁判所ではあるが、ICCが扱う犯罪は個人が犯した個々の罪ではなく、大規模かつ体系的に行われた犯罪の構成員としての個人がその対象として裁かれる裁判所なのである」とのことなので、マドラサの爆撃がどの程度の被害や破壊をもたらし、そして体系的に継続して行われてきた犯罪なのか、という点が問題になります。1回の空爆で、数十名の文民が付随的被害を超えるレベルの破壊により殺害されたのであれば、これはパキスタン軍の軍法上の問題となります。したがって本件については、国際赤十字クラスの各国軍隊へのアクセスを保証された調査団体によって調査が行われ、その結果を元にパキスタン軍内部での調査と報告の公表が行われるというのが筋になるでしょう。非締約国のパキスタンが一時的にでもICCの管轄権を受け入れない限り、ICCに出来ることは何もありません。仮に安保理がこの件を扱うことがあったとしても、対テロ戦争パキスタンの協力を必要としているアメリカはICCへの案件付託を認めないでしょう。